第33話 立ち聞き

 多少芝居がかって、肩をすくめた秋山。それからぼそりと、「頼井の真似をした方がいいのかな」と呟く。

「え? 何か言った?」

「別に、独り言だよ。公子ちゃん達こそ何の話してたの?」

 教室の鍵をかけながら、公子に聞く秋山。

「あ、え……。天文部みたいにしちゃったから、頼井君がどう思ってるかなって。その確認。私が無理に引っ張り込んだようなものだしね」

「ふうん」

「秋山君こそ、何を話していたの?」

 あまり突っ込まれると困る公子は、同じ質問を相手に返した。

「資料集めの話だよ。簡易式のプラネタリウムとか、星座や神話とかの資料の」

「私も持ってくる。第二理科室に置いておける?」

「うん、少しぐらいなら大丈夫。棚に入れて、鍵をかけておけば、勝手に持ち出されもしないよ」

 第二理科室の鍵を職員室に返してから、二人は新聞部の様子を見に行った。

「……まだ終わってないみたい」

 部室から聞こえる物音から、公子はそう判断した。

「だいぶかかりそうだ」

 秋山も耳を澄ませて、確認。

(ユカも大変そうだな。修学旅行の特集号を出すのに忙しくなるって言ってたもんね)

「待つ?」

 秋山に聞かれ、少し考える。

「遅くなる日が多いと思うから、帰っていいって言ってたけど……。まだ図書室が開いているから、ぎりぎりまで資料調べして、待っていてもいいなって」

「……君って、ほんとに」

 感心したような表情で、つぶやいた秋山。でも、公子には聞き取れなかった。

「え?」

「いや、何でもない。資料調べ、しよう」

 先頭に立って、秋山は図書室に向かった。


 プラネタリウム関係の活動を決めた日の翌日。放課後、公子は家から持って来た本を部室である第二理科室に置いておこうと、廊下を急いでいた。

(遅くなっちゃった。秋山君、待たせてるのに)

 当番の掃除に時間がかかった上、じゃんけんに負けてごみ捨てまでする羽目になったため、さらに時間を取ってしまったのだ。

 秋山には、先に第二理科室に行って、鍵を開けててもらうことになっている。

「……?」

 教室のすぐ手前まで来て、公子は足を止めた。

(話し声……。秋山君の他に、誰か来ているのかな?)

 公子は別段、気に留めず、前の扉を開けようと片手をかける。

 しかし、話し声の主に気がついて、あわてて手から力を抜く。

「私のこと、麻夜って呼んでみてよ」

「な、何だよ、それ」

 すりガラスがはめ込んであるので、教室の中は見えないが、声の調子から、白木が秋山に詰め寄っているところが想像できた。

「できないの? 簡単なことじゃないの」

「強制や命令をされて、喜ぶ奴は少ないと思うけれど」

「何よ。前にも聞いたけど、答えてくれなかったわよね。朝倉さんだけ、下の名前で呼ぶのはどうしてよ?」

 白木の言葉で、公子は修学旅行のときのことを思い出した。

(秋山君……)

 戸を開ける勇気はとてもない。公子はひたすら、聞き耳を立てた。呼吸するのさえ、ためらわれる。

「それは……小学四年のときからの幼なじみだからだよ。今さら、呼び方を変えるのもおかしい」

「だったら、何とも思ってないわけね、朝倉さんに対して」

 白木の詰問に、秋山の返事が遅くなった。

「……友達、だよ」

「そういうんじゃなくてっ! 好きなの?」

「……幼なじみで、今でも親しい友達。ただそれだけだよ」

 瞬間、公子は自分の胸の奥が冷たくなった気がした。

(友達、ただそれだけ……。分かっていたけれど)

「ふうん。本当ね? じゃあ、他に好きな人がいるのかしら?」

 公子へ追い打ちをかけるような質問を、白木は口にした。白木自身は、公子が聞いているなんて、考えもしていないだろうが。

「この際、言っておくよ。今のところ、付き合っている子がいるんだ」

 秋山の声は、必死に絞り出したもののように、公子の耳に届いた。

「何ですって? 嘘でしょ?」

 さすがに白木も、一段高い声を上げる。

「誰よ。名前を言ってくれなきゃ、信じられないわ」

「寺西さん、寺西要さん……っていうんだ。高校は別になったけど、中学のとき、いっしょだった」

「いつからよ」

「えっと、一応、今年のバレンタインデーから」

「……写真ぐらい、持っているんでしょうね。見せて」

 まだ疑っているような白木の口調。

「今は持っていないよ」

「そんなんじゃ、とても信じられないっ」

「君にこんなことまで言う義務はないと思うけれどな。そう、疑うんなら、四組の野沢さんに聞いてくれたら分かるよ」

「あ、そう。早速、聞いてみるわ」

 白木が今にも教室を飛び出して来そうな雰囲気だったので、公子は我に返って、身を隠そうとあせる。とっさに、少し離れたコンクリートの柱の陰に収まる。

 が、白木は、すぐには出て来なかった。

「その女の子と、どの程度の付き合いなの?」

「答えたくない……と言ったって、引き下がらないだろうね。休みの日にときどき、二人で映画を観に行くぐらいだよ。あとは、公子ちゃんや頼井、野沢さんとかもいっしょになって、遊びに出ることもある」

「……仲がよろしいことで」

 何に対してか、白木はいささか冷めた言い方をした。

 そしていきなり、白木は教室から出てきた。先ほどまでの興奮した物腰が嘘のように、しずしずと廊下に出ると、丁寧に戸を閉めて、公子が隠れているのとは逆の方向へ歩いて行った。

(よかった……こっちに来なくて)

 どきどきしながら、顔を覗かせ、公子は白木が行ってしまったのを確かめた。

(――さあ、元気出せ、公子! 分かっていたことよ。秋山君とはただの友達。二回もふった私をいつまでも想い続けてるはずない。だからこそ、カナちゃんと付き合い出したんだものね)

 それだけ頭の中で繰り返して、とりあえず平静を取り戻した。が、いざ、教室に入ろうとして、考えてしまう。

(今入ったら、タイミングよすぎるかも。もう少し、時間を空けた方が)

 公子は一旦、洗面所に走った。そこにある鏡で、自分の顔を見て、本当に平気かどうかを再確認。

(よし。顔に出てないよね)

 お下げの髪を手で一度、後ろに流して、深呼吸。決心がついた。

 第二理科室前に戻ると、公子は戸をゆっくり引いた。


――つづく(第三章・終わり)

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