第34話 現状の認識とずれ
* *
部室に秋山が一人なのを確認すると、頼井は開きっ放しの戸を拳で軽くノックした。
「何だ、頼井? 帰ったんじゃなかったっけ」
この日の部の活動はすでに終わり、秋山を除いた全員が引き上げた形になっている。
「帰ったふりをしただけさ。おまえに話があるから」
「みんながいたら困るような?」
「ああ」
ノートを閉じた秋山。
秋山の腰掛けているところへ近づいていき、頼井は机に片手をついた。
「要ちゃん――寺西さんとはうまく行っているのか?」
「な、何だよ。出し抜けに」
「いいから、聞きたい」
「……経験豊富な頼井クンが、アドバイスでもしてくれるわけ?」
目が笑っている秋山を、頼井はきつく見据えた。
「秋山。本当に寺西さんが好きか?」
「嫌いなわけないだろう。知ってる通り、かわいらしい人だよ」
筆入れをかばんにしまおうとする秋山。その腕を、頼井はつかんだ。
「俺が聞いているのはそういうことじゃない。好きなのかと聞いてるんだ」
「……離せよ」
手を払う秋山。そしてまた、机の上の荷物をかばんに入れようとし始める。
「僕は寺西さんと付き合っている。それが答にならないか?」
「公子ちゃんはどうなんだ?」
「な――」
絶句する秋山。その手も止まった。
「どうしてここに、公子ちゃんが出てくるんだよ。白木さんの名前が出てくる
のなら、噂になってたから、まだ分かるが」
作ったように笑いながら、秋山は頼井を見返してきた。
頼井は視線をそらさず、重ねて聞く。
「俺の目を甘く見るなって。まあ、おまえの態度からなら、誰でも気づくと思うが。中学のときから見てるけどな、おまえは公子ちゃんが好きだ。少なくとも、好きだったはずだぜ」
「……」
秋山の方が視線を外し、頼井の言葉が聞こえなかったかのように、天井を仰ぎ見た。
「こういうこと、俺には言えないか? そんなに友達甲斐のない奴かな、俺って」
「……分かったよ。公子ちゃんを好きだった。これでいいんだろ?」
秋山の話しぶりは、どこか投げやりだった。
「今はどうなんだ? それが聞きたくて、こうして話してるんだが」
「……どうでもいいよ。公子ちゃんにとって、自分はそういう対象じゃないって分かってるから」
自嘲の表情をなす秋山。普段の明るさも、どこかに潜んでしまっている。
「何だよ、それ」
「……頼井は、ふられたことある?」
そんな質問と共に見上げられ、頼井は急におかしくなった。
「何のこっちゃ? ま、俺の場合、自分から告白したことはないからな。女の子から告白されるばっかりで」
「おまえって奴は」
秋山は、ため息をつきながら、肩をすくめた。しばらく黙っていた彼は、やがて思い切ったように話し始めた。
「最初から望みがないと分かっていたら、告白なんてできないものさ」
「望みがない?」
「お友達ってやつ。あーああ」
伸びをする秋山。
「今は……あきらめがついたのか?」
想像できているとはおくびにも出さず、頼井は核心の部分に触れた。
「さあて……正直に言って、自分でもよく分からないんだ。寺西さんと付き合うって決めたときは、公子ちゃんにまた会えるなんて、思っていなかった。寺西さんとデートしていて、楽しいことは楽しいんだよな。でも……。悪い、これ以上は言えない、やっぱり」
「ははあ」
くっ、と心の内で歯ぎしりする頼井。それだけぐずぐず気にしてるってことは、公子ちゃんをあきらめていないんだよ、おまえは! 公子ちゃんだっておまえのことが好きなんだぜ!と言ってやりたい一方、要の気持ちを想像すると、簡単には言えなくなってしまう。
公子ちゃんが板挟みに悩んでいるのが、よく分かったぜ。――強くそう感じた頼井は、頭を振った。
「どうしたんだ?」
秋山が聞いてきた。
「いや、何でもない。すまない、無理に話してくれて」
「ん……。まあ、こっちも少し、すっきりしたような気がする……」
秋山がいつものように笑うのを見て、頼井はまたため息をついた。
* *
「この間さあ」
鉛筆の後ろで自分の額をつつきながら、悠香が切り出した。
「白木さんから、要のことを聞かれたんだけど、あんた、何か知ってる?」
「何かって?」
隣に座る公子は、ノートから視線を上げ、悠香の方を向いた。図書室にいるので、声は極力、抑えたものになる。
「おかしいでしょうが。白木さんが、どうして要のことを知ってるのよ? はっきり、聞いてきたわ。『秋山君って、寺西要という子と付き合っているの?』とね。私は要のことを言った覚えはもちろんない。じゃあ、秋山君か頼井か、公子しかいないなと思って」
「さ、さあ。私は言ってないわよ」
公子は曖昧に返事した。確かに、嘘は言っていない。
「じゃあ……秋山君自身が言うのも変だから、やっぱ、頼井のばかが」
仕方ないなという風に顔をしかめる悠香。
(そうじゃない、ユカ。秋山君が白木さんに言ったの。こんなことで頼井君と喧嘩しないでよ)
言うに言えない公子には、心の中で祈るしかない。
「そ、それよりさ、ユカはどう答えたの? 白木さんに」
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