想いはずっとずっとかわらずに

小石原淳

第1話 回想の中の告白

 中学生として二度目の一学期を迎えて間もないある日。

 天気がよかったので、公子きみこ達三人は校庭の日なたでお弁当を食べていた。

「キミちゃんは好きな子、いる?」

 なかなか唐突に、そんな話題に持っていったのは、寺西要てらにしかなめ。愛称ではカナと呼ばれる。

「え? え?」

 公子は食べかけていたウィンナーの玉子巻きを半分だけかじって、飲み込んだ。もう半分は、ぽとっとお弁当箱の中に落ち、狭いスペースを転がる。

「何なのよー、カナ。いきなり」

「いるんでしょ?」

 興味津々、好奇心を隠そうともしない表情の要。少しぽちゃっとした顔に、大きな目がよくあっている。

「い、いないったら」

「ほんとに? キミちゃんと同じ第二小から来た男子、粒ぞろいなのに」

 そう言う要は、同じ区の第一小学校出身。

「ユカは? ユカはいるよね」

 公子からもう一人の友人に話を向ける要。

「私はねえ、理想が高いの」

 聞かれるのを待っていたかのように、野沢悠香のざわゆうかは言った。彼女は第三小学校からここに来た。

 中学に入り、一年のとき同じクラスになって、三人は「仲良し三人組」になった。二年になってクラスが分かれても、それは変わっていない。

「それに、今から相手決めちゃうと、あとで面倒だな。そう思わない?」

「そうかな? でも、今、つかまえとかないと逃げちゃうかもしれないわよ」

「つかまえるぐらいはいいんじゃない? 完全に本気にならないような程度で、付き合っていればね」

 言い切ってから、缶のお茶の最後の一滴を舌で受ける悠香。上向きになったため、ひとまとめにした長い黒髪の先が地面に届いている。

 要はあきれた表情に変わっていった。

「かわいくない。中学生らしく、かわいく恋したいのに、私は」

「何じゃそりゃ」

 悠香はけらけら笑う。かなり整った顔立ちに対して、話し言葉や笑い方にギャップあり。

「言い出しっぺのカナはどうなの」

 むくれそうにしているカナの機嫌を取りに、公子は話題を引き戻した。

「私? えへへ。いるよ。まだ片想いだけどさ」

「誰よ」

 公子だけでなく、悠香も聞き返す。

 聞き返しながら公子は、

(片想いって注意書き付きで言えばよかったかな、秋山あきやま君のこと。実らぬ恋だけど)

 などと思っていた。そこへ。

「私・寺西要が好きなのは、秋山広毅ひろき君」

 言った直後に「きゃ」と短く叫んで、恥ずかしいとばかり、顔を両手で覆う要。

 その横で、公子は思わず声を上げそうになった。

「ふーん。えっと、秋山君てのは確か、公子と小学六年で同じクラスで、今年またいっしょになった……」

 公子の方を見ながら、悠香が言う。

「そうよ。だからさっき、私、言ったのに。第二小からの男子の方がいいって」

「あ、秋山君がいいわけ、カナは?」

「ひょっとして、どこがいいのなんて思ってるんでしょ?」

 要の言葉に公子は内心、叫んでいた。

(彼にはいいとこがいっぱいあるわよ、よく知ってるんだから!)

「ふむ。秋山君なら、まずまず、いい線いっているのは分かる」

 お弁当箱を包みながら、何度かうなずくのは悠香。

「ルックスはかなりいいし、スポーツはほとんど何でもできるらしくて格好いいし、頭いいから頼りになるし」

「それだけじゃないったら。他の男子と話しているのを聞いてても、凄くお喋りが上手で面白いのよ。それに優しいし」

 力説する要。けれども、公子にはよく分かっていることだった。

 今や公子は、好きな相手はいないと答えたことを後悔していた。実は私も……とは言い出しにくい状況ができあがってしまっている。

「そうか、お二人さんはまだその気がないのね。だったら、私に協力して。お願い!」

 いきなり、手を合わせて拝む格好をする要。

「他人の恋路をサポートできるほど、経験豊富ではないんで、どうなることか」

 半ば超然としたような物言いの悠香。

 それに対して、公子の気持ちは、まるで穏やかでない。それでも表面を取り繕い、笑いながら聞いてみる。

「協力って?」

「特にキミちゃんが頼りなのよー。キミちゃん、秋山君といっしょだったでしょ、小学校のときクラスが」

「そ、そうだけど。まさか、橋渡し……」

「それそれ! お願いよ」

「だ、だめよ」

 片手を大きく振る公子。切り揃えた髪も、耳をなでる。

「知ってるでしょ、私が男子と話すの苦手なの」

「それはそうかもしれないけど、秋山君とは結構、話せてるじゃない。私の友達で、他に秋山君とよく話している子、いないし……」

「カナの性格なら、自分で言えるんじゃないの?」

 腰を下ろしたまま空を見上げる格好で、悠香が聞いた。

「そんなことないわよお。そりゃあね、私、明るい方だと思う。だけど、好きな男の子の話になったら別。だから、ね、キミちゃん?」

「でも……」

「一生のお願いだから。友達を助けると思ってさ」

 そう言う要に公子は二の腕あたりを左右ともつかまれ、何度も揺さぶられた。

「カナ、かわいい恋がしたいよー。そのためのお助け、いいでしょ。ねっ、ねっ、ねっ?」

「……できるだけのことはしてもいいけど……あまり期待しないでね」

 押し切られて、つい、引き受けてしまった。

「やったぁ。ありがと、キミちゃん」

「う、うん。本当に、あてにしちゃだめよ。私、秋山君とだって、やっと話せる程度なんだから」

「それでもいい。最初は名前、覚えてもらうだけでいいもん。その前に、小学校のときの秋山君のことを」

 要が嬉々として続けようとするところへ、悠香が口を挟む。

「あー、盛り上がりそうなところを悪いんだけど、そろそろ昼休み、終わっちゃうんだよね」

 自分でも時間を確かめる公子に要。

「ああ、これじゃだめか。またあとで。帰るときに聞かせてね。あっ、私のクラス、次、教室移動だっけ! 先に急ぐねっ」

 急に叫んだと思ったら要はお弁当箱を持って、一目散に校舎を目指していた。

「ったく、忘れっぽいんだから」

 腰に片手を当てて、やれやれといった風の悠香。

 その隣で、公子は何となく、ほっとしていた。


(どうしよう)

 その日の夜、帰ってから、公子はずっと考え込んでしまった。

(言い出しにくくなっちゃった……私も好きなのに)

 夕食をあまり入れないまま箸を置き、二階の自分の部屋に行き、宿題を始めたが、ほとんど進んでいない。昼のことが頭の中を占めて、ご飯や宿題どころでなかった。

(秋山君に私の気持ち、伝えられるはずないけど、カナの気持ちを伝えるのは……本当に頭抱えたくなってきた)

 机に両肘を突いたまま、手のひらでこめかみの辺りを軽く押さえる公子。そして、記憶がよみがえる。

(あのとき、私にもう少し、勇気とか思い切りのよさがあったら……)

 公子は小学六年生だった頃の、ある日を思い出していた。

(でも、いきなりなんだもん……気持ちの準備、できなかったし)


           *           *


 音楽の用意を持っていってたから、月曜日だったはず。

 放課後、日直だった私は戸締まりのあと、教室を最後に出た。最後に教室の前の戸の鍵をかけていると、誰かが近づいてきた。

「あ……」

 顔を上げると、秋山君がいた。

 今と変わらず、当時の私も男子とあまり話せない子だった。それでも秋山君とは、割と言葉を交わすことがあった。比較的、家が近所だったせいかもしれない。

 小学四年の二学期、父の仕事の都合で転校してきた私は、女子の輪の中にさえなかなか溶け込めずにいた。そんな私を気にしてくれたんだろう、秋山君はクラスは違う上、通学路も少し異なっているにも関わらず、同じ学年というだけで――ううん、学年が違っていてもきっと――、何かと話しかけてきてくれた。五年になって、同じクラスになれたとき、とっても安心できたっけ。

「な、何……」

 私が小さな声で聞くと、秋山君は顔を横に向けた。珍しいことだけど、話すのをためらっているように見えた。

 少しの間があってから、彼は言った。

「公子ちゃん、話、あるんだ。その、国旗掲揚塔の下に来てほしい」

「え」

 何故、国旗掲揚塔なのか。よく分からないけど、小学生の頃、内緒の話をするのに、校庭の隅っこにある国旗掲揚塔の下がよく使われていた記憶がある。

「あ、あの、鍵と当番帳、返さなくちゃ……」

「先に行って、待っている。だから、きっと来て」

 言うなり、秋山君は走り去ってしまった。

 私はでも、断りきれなかったから、とにかく行かなきゃと感じていた。

 鍵などを職員室に返しに行ってから、私は心持ちゆっくり、国旗掲揚塔に足を向けた。目をこらすまでもなく、黒いランドセルを下ろして、台に腰掛けている人影が確認できた。秋山君はちゃんと待っていた。

「あ、あの」

 近づいていき、彼の背中に声をかける。

「もういいの、日直は?」

「う、うん。……それで」

「話は――う、うん」

 せき払いする秋山君。今振り返れば、いつもと様子が違っていた。けれども、そのときの私は自分のことで精一杯で、彼の変化に全然気づいていなかった。

 正面にお互いが立っているにも関わらず、うつむき合ったまま、しばらく時間が過ぎた。どのぐらいの時間が流れたのか、分からない。

 やがて、秋山君が思い切ったように口を開いた。

「公子ちゃん――僕は公子ちゃんが好きだっ」

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