第6話 不意の巡り合わせ
散々騒いで、全員、気が晴れたことだろう。
女子三人だけでなく全員で作った夕飯――と言ってもレトルト食品ばかりだが――を摂って、お開きになった。食事が終わってお開きとは中途半端であるが、これが一般の中学生の限度なのかもしれない。
「あー、楽しかった」
「あとは片づけね」
そう言っていると、そそくさと帰り支度をする男子一名を発見。
「頼井君」
「あ、公子ちゃん」
「お母さんを大事にとは言いましたけど、今は片づけ」
「やだな、もちろん、冗談。気づいてくれなきゃ、困るとこだったんだよ。ありがとね」
と、公子の手を握る頼井だった。そこへまた、悠香が……。
そんな風にわいわいやりながら、片づけも終わり、本当にお開き――お別れの時間が来た。ちょうど、悠香の両親が帰ってくる頃合い。
「ありがとう」
「じゃあ、また月曜日ね」
「うわー、答案が返ってくるー」
「それは言わないの。何のために騒いだんだか」
「そうそう、忘れるために楽しく騒いだんだから、少なくとも今日一日ぐらいは言いっこなし」
「自信がある人はいいよな」
めいめいが言って、悠香の家を出た。
「じゃ、俺はここで」
早々と言ったのは、もちろん頼井。何しろ、家はすぐ隣なのだから。
「またねー!」
「お母さんを大切に!」
「……はいはい」
暗かったけれど、苦笑しているのがありありと想像できる返事をしながら、彼は悠香の隣の家に入っていった。
「挨拶ぐらいするべきだったかなあ、頼井君のお母さんへ」
「それを言い出したら、きりがなくなるよ」
公子の言葉を、先頭を行く秋山はあっさりと否定した。
「そうするなら例えば、野沢さんのご両親が帰ってくるのを待って、挨拶するのが先じゃない?」
「うーん」
「何、余計な気遣いしてんのよ、キミちゃん。他の話しよ」
要はずうっと幸せそうである。
「夏休みに入ったら、またどこか行こうか」
秋山が皆を振り返っての提案。
「それ、いいな。新聞部の都合、確認しておくから、混ぜてもらおうっと」
「石塚、副部長だっけ? どうにでもできるんじゃないのか?」
「それが部長の権限強くてさ」
「意見できないのか」
「それが……女性上位なんだよな」
二人の女子を気にするように、石塚は言った。
「ということは新聞部の部長さん、女子?」
公子が聞くと、石塚は大きくうなずいた。
「それだけじゃなくて、全体の部員数も、女子の方が多いんだよ。こういう状況でなかったら、帰宅部の朝倉さん達を勧誘するんだけど」
その言葉に、公子は何となく思い当たることがあった。
(昼間、やけに部活のことを話題にすると思ったら、そういうことかあ)
「あっと、みんなそっちの道?」
三叉路にぶつかって、石塚が向きを換えた。
「自分はこっちなもんで、この辺で。どもども、今日は楽しかった」
「またね」
「新聞部、がんばってね」
「はは。おーい、秋山! ちゃんと送り届けるんだぞ!」
「はっ、分かってるよ! じゃあな」
三人になった。他の二人はどうだか分からないが、公子は居心地の悪さを感じてしまう。
(ひゃあ、まずいよお。カナは二人きりになりたいんだろうな。……って、私もそうだけど。秋山君とほとんど同じ方角だから、このまま行かないと変だし)
公子が黙って考えている間も、要は積極的に秋山へ話しかけている。
「あ――珍しい、星がよく見えてる」
「え?」
秋山の言葉に公子も顔を上げた。まだ西の空に赤みは残っていたものの、夜空にじんわり浮かび出てくる星々は、普段よりもよく見える。そんな気がする。
「きれい」
「ほんとに」
はーっと息をこぼしながら、女子二人は立ち止まり、天をしばらく眺める。
その少し先で、秋山も立ち止まっている。今の彼が見ているのは空ではなく、女子二人……? そうだとしたら、二人のどちらをより熱心に見つめているのだろう。
「空気が澄んだ状態なんだね」
促すように言って、また歩き始めた秋山。公子達もようやく歩を進め出す。
「これで全部見えているのかなあ?」
要が言った。
「うーん、そんなことないみたいだよ。確認できるのは有名なアンタレスなんかの明るい星だし、それ以外は土星とかの惑星だね」
「詳しいの、星について?」
公子がびっくりして聞いた。
(小学生の頃から知っているのに、秋山君が星に詳しいなんて、初耳)
「詳しいと言えるのかな? 興味はあるんだけど、別に望遠鏡を買ってどうこうってほどじゃないからね」
「アンタレスって?」
割って入るように、要が聞いてきた。
「さそり座の一等星だよ。さそりの中心部にある、赤い星。見えない?」
「どれ?」
要の目線に合わせて、手を上げる秋山。秋山は、大まかな位置から始め、さそり座の形状、星の並びと順に説明していく。
「あ、ほんとだ。すっごく赤い」
目当ての星をやっと見つけた要の顔がほころぶ。
そんな二人の様子を眺めていると、公子はまた複雑な気持ちになってくる。
(……これでいい。今は、これで)
吹っ切ってから、公子は二人を促した。
「片づいていないのは、数学と理科。英語? 少しだけ残ってる。自信ないとこは埋めてないのよ。国語関係はばっちり、のつもりよ。うん、じゃあ、明日の昼過ぎ、行くから。カナにも伝えておいてね。じゃ、またね」
そうやって電話を切ったのが、昨日の夜のこと。残っている夏休みの宿題を終えてしまうため、悠香と相談したわけである。
明けて本日、天気はよかったが、暑くなりそうなのもまた事実。
「母さん。私、今日、お昼食べてから出かけるね。宿題しに、悠香のところに。ひょっとしたら遅くなるかもしれないけど」
「遅くなるときは電話しなさい」
昼食の準備で、台所内を忙しく動き回っている母は、公子の方を振り向かずに応じた。
「分かってる」
「それに、帽子、かぶっていくのよ」
「はーい」
続けてうるさく言われそうな予感がしたので、さっさと退散。自分の部屋に引っ込んだ。
「いいことないかなあ」
飛び込むようにして、ベッド上に転がると、あおむけのまま独り言。窓は開け放しているが、両隣が平屋建てなので、覗かれる心配はないはず。
(結局、六人で遊びには、映画に行ったきりだもんね。あとは都合がつかなくて……。三人だけでなら、プールに行ったけど。……水着姿、秋山君達に見られなくてよかった。学校の水泳時間だけで充分よ)
スタイルいいとよく言われるにも関わらず、公子は他人、特に男子から見られるのが苦手だった。話すのが苦手なのと共通しているかもしれない。
(うー、お昼まで中途半端な時間。宿題、考えるには短いし。散歩でもしてこようか――暑いだろうな。もうちょっと朝早くに思い付けばよかった)
しょうがないので、本棚からまんがを一冊、抜き取る。新しいのを買う余裕はあまりないので、何度も読み返すことになる。今、手にしたのも最低、三度目ぐらいではないか。
再びベッドにのっかり、今度はうつぶせに、膝から立てた足をゆらゆらさせながら、まんがを読み始める。再読、三読であっても、ときどき小さな発見があるから不思議だ。
読んでいる内に、何の気なしに、身体を動かしたくなった。うつぶせからあおむけになる。そのとき、ふっと目が天井に向く。
「――!」
びっくりして飛び起きる。何かが窓から飛び込んできた。割と大きく、昆虫の類でないことは明らかだ。
「……鳥……じゃないよね」
誰に聞くともなしに言った公子。その二つの目は、飛び込んできた物の正体を探している。そしてそれは、すぐに見つかった。
「あ、これね」
ベッドを下りた公子が壁際で拾ったのは、模型の飛行機だった。ゴム動力でプロペラを回すタイプ。ほとんどは木と紙でできていて、絵も手書きらしい。
(こんなのを手作りする人、いるんだわ)
少し驚いていると、玄関の方で声がするのが分かった。
「すみませーん、飛行機、入り込んじゃって」
小学生ぐらいの声。公子は気になって、窓から顔を出し、玄関へ通じる門のところを見た。
(……あれ?)
公子は一気に、どきどきし出した。何故なら。
(どうして……どうして、秋山君が、うちの前に立っているの?)
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