第51話 決定的な問い
公子は頭を掻きながら、返事を考えた。白々しくならないよう、かといってお気楽な調子にもならないよう注意を払い、言葉を選ぶ。
「ここに来たがっていたのは秋山君だから、つい、最初から除外してしまっていたわ。だから私考えたんだけど、秋山君がOKなら、カナちゃんの付き添い、してもらおう。あの性格の人だから、オルゴールよりも付き合っている彼女を大切にするかな」
早く言おうとして、妙に饒舌になってしまう。
そんな公子の言動を目の当たりにしていた悠香は、どこか値踏みでもするかのような仕種を保ち、無言でいた。と、そこからおもむろに「一成君、ちょっとだけ一人で観ててくれる?」と、そばでぽつねんとしていた年下の少年にお願い調で告げた。
「いいけど、何で?」
目をくりっとさせ、小首を傾げる一成。本当に分からずに聞いているのか、それなりに状況を察しつつ、念のための確認をしたいのか。それは公子にも分からなかった。多分、悠香もだろう。
「私達は女同士で大事な話があるの。カナおねえちゃんの体調のことでね。一成君にはまだ早いから」
聞いちゃだめという意味を暗に示すためだろう、耳を塞ぐポーズを取る悠香。小さな子の扱いが、なかなか様になっている。
一成は「ちぇ。子供扱いしてくれるなあ」と言葉では不満を露わにしたものの、行動の方は素直なもので、新しい展示の方に駆けて行った。からくり仕掛けのオルゴールが多数陳列されたコーナのようだった。
「ユカ、どうして一成君を遠ざけたの?」
「もちろん、これからする話をあの子が聞いて、言い触らされたら面倒だと思ったから」
「これからする話……」
公子と悠香のやり取りは、自然と小さな声になって行く。
「長くするつもりはないし、こんな,他にも人が大勢いる環境では長話になりようがないはず、よね。なので単刀直入に聞くわ。公子、そのつもりで驚かないように聞いてね」
「う、うん」
「今さらなんだけど、公子は秋山君を好きなの? 恋愛的な意味で」
「――」
とうとうこの質問が来た。もう何年前になるか、頼井に続いて二人目だ。
公子は笑い飛ばしてごまかすことも考えた。しかし、悠香には勘付かれているのではないかと感じるケースが、これまでに幾度かあったのも紛れもない事実。加えて、“今さらなんだけど”という前置きが大いに気になる。ここで否定の返事をすると、じゃああのときはどうだったのと問い詰められるかもしれない。そんな泥沼に踏み込んでいくようなやり取りは、想像するだけで気が重い。正直、肩の荷を少しでも下ろしたい気持ちが、急速に強まっている。
公子は心を決めた。うなずき、
「うん」
とだけ答える。
悠香はほんの一瞬だけ目を見開いた。次いで頬を緩め、分かり易く安堵すると、口元で微笑んだ。
「よかった。認めてくれて、こっちもほっとしたよー」
「どの辺りで気が付いたの……?」
「気が付いたって呼べるほどのものじゃないんだけど。公子が戻ってきて、しばらくしてから、ああこれは――って。だから、最初は後悔したんだよ、カナが秋山君と付き合うようになったって、公子にあっさり伝えたことを。でも、見ている内に、ううん?となったわ」
ここまで言うと、悠香の表情がまた厳しいものに変化したようだ。
「秋山君の方もね、公子に好意を抱いているなあっていうのがびりびり伝わってきた。で、私としては憤りとわだかまりを覚えたわけだ。秋山君はカナがいるのに何で? 公子は秋山君とカナが付き合い出したと知ったあとなのに何で? このことをカナに悟られないようにする私の立場って何? こんな具合に」
「ご、ごめん」
しゅんとなって俯く公子。悠香はそれには目立った反応をせず、話し続ける。
「一方で、秋山君とカナの仲も進展してない雰囲気なのが感じられて、気にはなってた。まだ付き合うと決めてからさほど経っていないとはいえ、秋山君のカナに対する言動をちょっとその気になって観察してみると、仲のいい女子に対する態度の範囲を超えてないように思えてきた。つまりは、カナからの告白を額面通り、文字通りに受け取っているのかしらね。“デートをする女子友達”ぐらいの関係をずっとキープしてる。カナ自身がたまに“報告”してくれるデートの中身を聞いても、同じ感想を持ったわ」
「……」
「ところで公子は、カナから秋山君とのデート話、聞かされたことは?」
「えっと。みんなが揃っているときに、一回か二回ぐらい? カナちゃんと二人きりのときにはそんな話題、出たことなかったと思う」
積極的に聞き出そうとするつもりなんて、私には微塵もなかったせいもきっとあるはず……公子はそんな続きの言葉を飲み込んだ。カナと二人だけの場面で、カナが秋山とのデートの模様を幸せそうに語ったら、恐らく我慢できなくなる。
「やっぱりそっか」
悠香が意味ありげに首肯する。公子は首を捻った。
「やっぱりって、どういう」
「公子から今日、聞かれたときにとぼけたけれど、カナの様子がおかしかったのには私ももちろん気付いていた。元々、普段から気にしてるんだよね、カナ」
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