第36話 到着、そして出迎え
「似てないよ」
即座に否定した秋山。その言葉を、さらに公子が否定する。
「あれ。三年前に顔を見たけれど、よく似てたんじゃないかなあ」
「そうかなあ?」
「じゃあ、五年生になって、ますます似てるかもね。楽しみ!」
要は両拳を口の辺りに持っていき、うれしそうにした。
「ワイン作りしてるってのは、本当かいな?」
頼井が妙な質問をする。確認だとしても今さら過ぎる上に、語尾にアクセントを置いて何やら思惑ありげだった。
「何度、説明させる気だ、頼井クン? 叔父さん叔母さんはぶどう作りをしていて、ワインを製造する会社に納めているんだって」
「知りたいのは、ワインの試し飲みをさせてもらえるのかなってことでして」
頼井は、鼻の下をこすった。
「試供品がもらえるから、できなくはないけど。がぶ飲みは無理だな。それよりも向こうのワイン醸造工場を見学に行って、試飲するのがいい」
「え、飲ませてもらえるのか?」
「子供――未成年にはぶどうジュースが出るんだ」
「何だ……。でも、考えようだな。ふむ。ワインについて詳しくなれば、またもてるかも」
「どーせ、こいつの考えることといったら」
悠香が頼井の頭を小突いたところで、ちょうど列車が駅に滑り込んだ。
駅舎を出て、探すまでもなく迎えの車を見つけられた。
「広毅君!」
同時に向こうも気づいたらしく、運転席から助手席へ身を投げ出すようにして、手を振っている女性の姿が見えた。パーマをあてた髪に、笑顔が印象的。
「叔母さん、お世話になります」
真っ先に赤いワゴンに近づいていき、挨拶をする秋山。
急いでそれに続く四人。
「いっしょに来た友達で、えーっと」
紹介しようとする秋山より早く、頼井が、秋山の叔母に頭を下げた。
「初めまして。頼井健也と言います。お世話になりまっす」
それをきっかけにして、並んでいる順に自己紹介が始まり、終わる。
「はいはい、頼井君に野沢さん、寺西さん、朝倉さんね。こちらこそよろしく。遠慮しないで、楽しんでいってくださいよ。ぶどうの本格的な季節にはちょっと早いのが残念だけどねえ。あらあら、男の子ばかりかと思っていたら、女の子の方が多いのね。ん、なるほど、広毅君も頼井君ももてるんだ?」
楽しげに冷やかす秋山の叔母。
「おばさま。秋山君はともかく、こいつを調子に乗せないでください」
と、悠香は頼井に肘を当てた。頼井が大げさに痛がっても、知らん顔。
「まあまあ、想像していた以上ににぎやかになりそうね。さあ、とりあえず、乗った乗った。五人なら全員、後ろに乗れるから」
快活な調子に促され、秋山達はワゴンに乗り込んだ。
(いいなあ。楽しくなりそうっ)
伊達の家の周りには、見渡す限りの緑が広がっていた。注意すれば、ところどころ緑の色合いが微妙に異なっているのが分かる。道路より一段高い位置にこしらえられたぶどう畑。背伸びして眺めれば、棚に沿ってぶどうの蔓が四方に伸びている。土が露な場所もあり、ぶどうの他に野菜も数種類、栽培しているらしい。
ワゴンから降りて、みんなといっしょに、景色に感心している公子。と、突然、大きな声が聞こえた。
「公子おねえちゃんだ!」
え?と、声のした方を見やると、Tシャツ姿に麦わら帽子の少年。手には軍手だ。どうやら、農作業を手伝っていたらしい。
「一成君?」
「そうだよ! おぼえてくれてたんだ」
一成はぶどう畑から出てくると、まだ声変わりしていない、子供らしい声質。だが、身長はかなり伸びており、恐らく、小柄な要と同じぐらいはある。
「あの子がいとこの……?」
要が秋山に聞いた。
「そう。おい、ちゃんと挨拶しろよっ」
秋山の声に反応して、一成はぽんと道に飛び降りた。
「これっ」
秋山の叔母――一成にとっては母親がたしなめる。
注意されたのをまるで気にしない様子で、一成は言った。
「伊達一成、です。広毅にいちゃんがお世話になっています」
「この、こいつめ」
帽子の上から一成の頭をつかむと、秋山は強く揺さぶった。
「いてててっ。そんなことしたら、泊めてやらないぞ」
「そうか。それなら、一成がうちに来たとき、泊めてやんない」
秋山と一成のやりとりを見ていて、公子はおかしくなってきた。
(まるっきり、子供の喧嘩だわ! それに、前よりも、一成君、秋山君に似てきたみたい。身体つきとか目は違うけど、全体の顔立ちが)
公子のおかしみは他の者にも伝わったらしく、くすくす笑いが悠香達にも起こっていた。
「よくやるな。本当の兄弟みたいだぜ」
「冗談!」
頼井がからかうと、秋山は真顔で反論。
「でも、似てるよー。おかしいぐらいに。小学生の頃の秋山君て、こんな感じだったでしょ」
要に至っては、涙をこぼさんばかりに笑っている。
「外見は秋山君で、中身は頼井に近い感じ」
口の中で、ぼそっと言った悠香。それなのにちゃんと頼井に聞こえたらしく、この一言で、悠香と頼井の口喧嘩が例のごとく始まった。
旅行の出だしは、荷物も置かないまま、着いた早々の大騒ぎになってしまった。
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