第37話 お手伝い
さすがぶどう園持ちの農家と言うべきか、伊達家は広かった。古い日本家屋のため、個室はほとんどないので、畳敷の広間二つに、女子と男子が別れる形になる。
「寝るときは、ここでね。お布団はここ。もし蚊が出るようなら――」
と、秋山の叔母に色々と教えてもらう。
一段落着いたところで、みんな一つの広間に集まった。
「……何でおまえがいる」
秋山が言った相手は一成。帽子をかぶったまま、ちょこんと正座している格好が、何とはなしにおかしい。
「退屈だから、いっしょに遊びたい」
「お父さんやお母さんの手伝い、しなくていいのか?」
「にいちゃん達が来ている間は、いいって言われたんだよ」
「……しょうがないか。みんな、いい?」
やや口調を変えて、秋山は他の四人に聞いてきた。
「別にかまわないんじゃない? お世話になるんだし、一成君だって夏休み、一人じゃ退屈だもんね」
公子が言うと、一成は調子よく、
「そうそう。公子おねえちゃんの言う通りっ」
ときた。何にしても、一成の相手をすることに異論があるはずもない。
何をして遊ぶか話を始めようかというときに、公子が言った。
「ねえ、おじさんにも挨拶した方がいいんじゃないかしら?」
また気遣い性が出ちゃったと自覚するも、聞かずにおられない公子だった。
「ああ、叔父さんなら畑仕事で忙しいから、夜になってからでいいと思うよ。叔母さんもそろそろ出かけて、昼ご飯は畑で食べるだろうから、多分、戻って来ないよ」
「そう言えば、お昼のこと、ワゴンの中でおばさんから聞かれたけど」
と、悠香。秋山の叔母は、どこか外に食べに行かないんなら昼食を用意すると言ってくれたのだ。
「待った。遊びに行くとしたら、どこに? 足がないからな、俺達。ここじゃ自転車さえない」
頼井が言った。
彼に応じて、公子はチョッキの胸ポケットから生徒手帳を取り出すと、スケジュール表のページを開き、確認をした。予定しているのは、明日、駅まで送ってもらい、K里まで足を延ばし、そこで色々と観光しようということだけである。あとは、ワイン工場の見学をしたいと考えているぐらい。今日の見通しはまるで立てていない。
「ぶどう畑、見てみたーい」
要が窓の外を見やりながら、希望を述べる。
「すぐお隣に、あんな広いぶどう畑があるのに、見ない手はないわよ。行ってみようよ」
「それもそうね。ワイン工場を見る前に、ぶどう畑を見ておきたいわ」
「私もそれがいい」
悠香に続いて、公子も賛同。
「頼井は?」
「体験農業させられるんじゃないのか? 俺、重労働には向いてなくて」
本気かどうか、腰を叩く格好をする頼井。
「それぐらい、いいじゃない。一成君、どんなことをお手伝いするの?」
「品種が色々あって一口じゃ言えないよ。けど、粒の選り分けっていうのが、まあ、簡単そうだけど。あと、実に虫が近寄らないようにするとか」
「今頃なっているぶどうって、何ていう種類?」
要が違う方向に話題を持っていった。一成は、一生懸命に思い出すようにして、答えた。
「デラウェア。えっとね、確か、種なしの方」
(種なし? そう言えば、種のあるデラウェアって、最近、見かけないような気がする……)
そんなところまで考えた公子。
「ワインにする品種は?」
知識を仕入れるためか、頼井が聞いた。これには自信ありげに答える一成。
「甲州! 十月にならないとできないんだ。これ、白ワインになる。そのままでも食べられるけど」
「白ワインってことは、赤になる種類もあるんだ?」
「赤ワインになるのは……忘れた。カベ何とかソー何とかって言うはずだよ」
当然ながら、自分の家で作っているぶどう全部を覚えているのではないらしい。それでも得意そうに話す様は、小学生らしかった。
「質問攻めにしてないで、行くんなら早く行こう。叔母さんにもお昼を頼まないといけない」
立ち上がると、秋山は台所の方へと走っていった。
「ごめんね、一成君。今日は、ぶどう畑を見せてもらうだけで終わっちゃうかもしれない」
公子が声をかけると、一成は別にむくれた様子もなく、元気に返事した。
「いいよ。明日、どっかに行くんでしょ。それに連れてってくれれば」
「そう。よかった」
公子、それに要や悠香もそばでほっと一安心。
「それにしても、似てるっ」
また楽しそうにする要。ほとんど同じ背の小学生相手に、ほっぺたをつつく真似をした。
「こらこら」
悠香が腰に手を当て、あきれていた。
「そろそろお昼にしようかね!」
秋山の叔母が、畑の片隅で大声を張り上げた。
秋山らは軍手をした手を止め、思わず、ふーっと深い息をついた。手伝おうということになり、借りた帽子をかぶっていたにも関わらず、皆の額には汗が浮かんでいる。
「はい、ご苦労さん。たくさん食べてちょうだい」
秋山の叔母は、相変わらず元気のいい声。
(昼食の下ごしらえしたあと、畑仕事をされてたのに、どこに元気があるのだろう? 農業やってる人って、凄いかもしれない)
手のひらをうちわ代わりに顔を扇ぎながら、公子は思った。
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