第39話 見学に行こう

「一成君の家も、民宿ができそうね。ぶどう園はもちろんあるし、広いから」

 要がにこにこと話しかけると、一成は、

「民宿やってたら、みんな、お金を払わなきゃいけなくなるよ」

 と、意地悪な目をしながら返した。

「感謝してもらわなきゃ!」

「それもそうか。感謝します」

 わいわいやりながら行くと、次にワインの醸造会社が見えた。

「MKワイナリーだよ」

 一成が聞かれもしないのに、声高に答えた。よく知っているようだ。

「あそこで工場見学、できるのかな?」

 公子が尋ねる。

「できるよ。あそこ、予約はいらないはずだから、時間があったら、資料館からの帰りに寄れば?」

 一成の言葉に、高校生五人は顔を見合わせた。

「どうする?」

 と、秋山。当初の心づもりでは、伊達家の関係するワイン工場を見学させてもらおうかなと考えていたのだ。

「一成。おまえの母さん達がぶどうを送っているの、あそこなのか?」

「そうだと思う」

 少しあやふやな返事。

「別に一回に限らなくてもいいじゃないか」

 極めて楽観的に、頼井が言った。

「気が向けば、他の工場にも行けばいいさ」

「それもそうか」

 秋山は、すでに背後に過ぎ去ったMKワイナリーを振り返った。

「時間があったら、寄ってみよう」

「子供ばっかで行ったら、試飲させてもらえないかもよ」

 悠香の言葉は、明らかに頼井に向けられている。

「……そう思って、俺はさっきの提案をしたのであーる。他の工場を見に行こうってな。先見の明があると言ってくれ」

 頼井はふんぞり返るように胸を張って、わけの分からないいばり方をする。

「ほんっと、成長しないだから、こいつは」

 悠香は肩をすくめた。

 それから少し行くと、当初からの目的地であるワイン資料館に着いた。バス停からちょうど七分だった。


 資料館は、日本で一番古くからあるワイン醸造工場を、ほぼそのまま保存する形を取っている。当時の醸造器具やワイン作りの研究記録、それに日本最古のワインまでが展示されていた。ワインを寝かせる樽などは、公子らのイメージする西洋風のセラーではなく、いかにも日本酒造りをしてますといった蔵風の建物に置いてある。樽そのものも、これまた米を発酵させる酒樽に似た巨大な物であった。

「時間、余った」

 ほくそ笑むという形容がぴたりとはまりそうな頼井の表情。

「仕方ないなあ」

 さほど明るくない館内から、外に出る六人。案外、外も暗い。入館の際は晴れていたのが、西の空から曇り始めていた。

 ふと見れば、一成がゆううつそうな顔色になっている。

「どうしたの? そんなに曇り、嫌?」

「うん。公子おねえちゃん、さっき、資料館で見ただろ?」

 小学生から何ごとか指摘されて、公子は瞬時、戸惑った。

「え……と。何のことかしら?」

「もう」

 一成がふくれると、横合いから秋山が口を挟んだ。

「こら、つまらないことで困らせるなよ。雨だろ」

「雨?」

 公子だけでなく、他の三人もそろって聞き返す。

「ぶどうは雨に弱いって言ってただろ、昼間。あまり降られたら、実が大ぶりになって、甘みが薄れるってね」

「そう言えば」

 相づちを打つ頼井。

 公子は空を見上げてから、再び一成に目を向ける。

「雨が降ると、父さんの機嫌が悪くなるかもしんないんだ。ぶどうの出来が気になってさ。あーあ、滅多に降らないのになっ」

「降っただけで、すぐ、だめになるんじゃないんでしょう?」

「それはそうだけど。品種によって違うみたいだし」

「そういう心配は、降ってからにしよ」

 悠香が一成の後ろから、ささやくように言った。

「他人事だと思って……」

 一成の、妙に大人ぶった口調がおかしかった。

 そうこうしている内に、MKワイナリーに到着。こちらは先ほどの資料館とはがらりと変わって、現代的な建物。

 門を抜け、入り口らしい方へ向かうと、受け付けの窓口が見えた。そこの初老の男性に、見学したいんですがと申し出る。

 気安い調子で、代表の方の名前をお願いしますと、一枚の紙とボールペンを差し出された。紙には縦横に線が引いてあって、これまでの見学者の人数や代表者氏名、住所等が記してあった。

 秋山が名前を書き、そのまま待たされることもなく、中に入るよう言われた。

「案内が着きますから、その指示に従ってください」

 初老の男性の言葉通り、工場に通じる待合室に入った秋山達の前に、薄いピンクのスーツを着た女性コンパニオンが姿を見せた。二十歳ぐらいだろうか、健康的な笑顔を絶やさずにいる。

「MKワイナリーの工場見学へようこそお出でくださいました。皆様のご案内をさせていただきます、皆口みなぐちと申します」

 と、丁寧にお辞儀されると、思わず、こちらからも頭を下げてしまった。

 笑顔の中で、また別の笑みをかすかに浮かべたコンパニオンは、口調もわずかにくだけた調子になった。

「皆さんは、高校生ですか?」

 近くにいた要が、はいと答える。

「もちろん、この子は違いますが」

 付け足しのように、秋山が一成を指さして言った。見た目は要とほぼ同じ身長の一成だが、顔つきなどは当然、幼い。

 早くから和気あいあいとした雰囲気になって、まずは待合室の隣の部屋に移動。ワインができるまでの工程を、簡単に説明してくれるらしい。

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