第17話 最後の打ち上げ

 運動会がすむと、試験を挟んで、学園祭。そしてまた期末試験と、二学期は何かとせわしない。

 中間試験を終え、例によって打ち上げである。場所、参加者とも前回と同様。

「勉強会をやった成果、出た?」

 その席で、公子は要に聞いてみた。

「分かんない……。ひょっとしたら、かえって悪くなったかも」

 声のトーンを落とし、ひそひそ話になる。

「何故? あれだけやったし、秋山君がいっしょだからはかどったと思うし」

「思い返してみたら、私って、秋山君の顔ばかり見てて、試験勉強は手につかなかったみたい」

「何とも……」

 笑うに笑えない。

「何の話してるの?」

 石塚が訝しげにしている。

「あ、石塚君。だいぶご無沙汰してたようだけど……?」

 話の内容まで突っ込まれないようにと、公子は相手に聞き返した。

「新聞部の関係で、ちょっと。学校新聞のコンテストがあって、それにかかりきりだった」

「へえ。結果は?」

「まだなんだ。一月の中頃に分かるんだったかな」

「一月……そう。楽しみね」

 一月という言葉に、必要以上に反応してしまう。

「もうすぐ学園祭だけど、新聞部って何をするんだっけ?」

 話題転換のため、去年の記憶をたぐった公子だが、しかと思い出せない。

「特に展示はしない。写真部と協力体制の下、部員が記者になって、学園祭そのものの取材をするんだ」

「ああ、何かやってたなあ、インタビューみたいなこと」

 割り込んできたのは頼井。どうやら、悠香から逃れてきたらしい。

「インタビューはいいんだけど、あれ、女の子と話しているときに仕掛けられると困るんだよな。もうちょっとで落とせそうなのを、逃がしちまう」

「なるほど。邪魔しないよう注意しておこう」

 もはや冗談の応酬といった感じ。

「おーい、公子に要。何やってんの」

 お玉を持った悠香が、顔を覗かせた。

「料理、作るんでしょうが」

 以前、公子のオムライスが思わぬ好評を得たため、そしてありつけなかった石塚からの要望もあって、今日は女子三人が腕を奮ってみようということになったのだ……成り行きで。

「三人で作るの?」

 少し驚いたような顔を見せた秋山。

「そうだけど?」

 悠香は、何を当然のことをと言いたげである。

「いや、頼井がまた賭けを持ちかけてきてたから……」

「賭けぇ?」

 悠香が目尻をつり上げて、頼井をにらむ。

「なーんか変なこと、考えたわね?」

「そ、そうでもないけど」

 語尾を濁す頼井に代わって、秋山が裏事情を話す。

「『三人の中で一番うまい料理を作るのが誰か、賭けないか』って……」

「そ、そんなストレートには言ってないぞ。料理コンテストみたいだなと」

「嘘つけ」

 聞いていてばからしくなったか、いつもは相手にする悠香も、口をつぐんで台所へと向いた。

「冗談じゃないわよねえ。こうなったら、一致協力して、おいしいと言わせる料理、意地でも作らなきゃ」

 静かに気合いの入る悠香。

「ユカったら、そんなに熱くならなくても」

 公子はなだめにかかる。

(何を言われたって、私、レパートリーがないんだもの)

 三角巾にエプロンを着け終わった要は、どうしていいか分からないという風情。恐らく、秋山に食べてもらえるというだけで舞い上がっているのか、緊張しているのか……。

「何を作るつもり?」

 気になってたまらないのか、秋山が顔を出す。

「ハンバーグよ」

 要が真っ先に返事した。

「ミンチは出来合いの物を色々とブレンドして」

「あー、そこら辺は聞いても分からないから、任せたっ!」

 要がうれしそうに続けるのを、秋山は止めさせた。

 後ろから、頼井が言い添える。

「そうそう。うまけりゃいいの」

「ったく、こっちの苦労も知らないで」

 悠香はそのミンチの混ぜ合わせをやっている。

 秋山が頼井を引っ込めさせて、話を続けた。

「楽しみだな。ただ、前みたいに手伝えることがあったら、手伝おうかなと思って。待っているだけなのも退屈だし、気が引けるし」

 お米を洗っていた公子は、つい、くすっと笑えた。

(案外、秋山君も気遣い症なのね)

 などと考えてやっていると、指の間からお米の粒が流れていきそうになり、あわてて指のすき間を閉じた。

「この水中めがね、誰のだ?」

 突然、居間から石塚の声がした。

「こんな季節に水中めがね?」

 訝しげにする要と悠香の横で、公子はすぐ思い当たった。

「秋山君、あなたね?」

「……そうだよ」

 顔をそらし加減に、恥ずかしげにする秋山。

 その表情を、公子はにこにこと覗き込んだ。

「ふふ、たまねぎ対策ね」

「前、泣けてきたのが腹立ってさ。……石塚の奴、勝手に人の物を見やがって」

「たまねぎ、ハンバーグにも使うから、やってみる?」

「折角だから、やろうよ」

 要も誘いにかかる。

「それじゃあ、秋山君にはたまねぎ切ってもらおうかな」

 決定事項のように告げたのは悠香。

「……ご期待に応え、やってみましょう」

 腕まくりをする秋山。そして冗談っぽく叫んだ。

「おい、水中めがね、こっちにくれよ」


 一部の悪戦苦闘の末、ハンバーグの完成を迎えた。

「……ちょっとだけ、こげたかな」

 皿の上に並んだ物を見て、そう感想をもらしたのは、作った当人達。片面はこんがりといい色に焼けているのだが、もう片面が少々黒い。

「こげ目って、がんになるって言うぞお」

 自分も食べる身でありながら、皆をおどかす頼井。

「そんなに気になるなら、削ってあげようか」

 あらかじめ用意していたらしい包丁を持ち出す悠香。その目は笑っているが、結構、恐い図ではある。

「気にすることないだろ」

 石塚が楽観的に述べた。初めてありつける彼としては、何でもいいのかもしれない。

「早く食べないと冷める」

 秋山は満足そうな表情。今回、彼はたまねぎをうまく切れただけで幸せに違いない。

「いっただきまぁす」

 声は六人そろってだが、食べ始めたのは男子三人のみ。作った方としては、相手の感想が気になって仕方ないもの。

「公子……あんたの気持ちが分かったわ」

 悠香が小声で言った。

「でしょ? 嫌なのよねえ」

 二人の間で、要は目を閉じ、お祈りの格好までしている。

「うまい」

 秋山が最初に言った。

 悠香と公子はほっと一息。要は目を開け、さっきまでのおどおどぶりから一変、手を叩いてきゃあきゃあ言っている。

「へえ、こういうの作れるんだ」

 石塚は素直な反応。自分がかじったところから、中の肉をしげしげと見ているのが何ともおかしい。

「ん、まあ……見た目ほど凄くはないな。ハンバーグの味がする」

 頼井は、憎まれ口を叩かずにはおられないらしい。

「ほほ。参ったか」

 悠香が元気よく言って、自分も箸を着け始める。

「えへ、自信ついちゃった。次、また別のに挑戦しようかな」

「カナちゃん、一人でやれるようになったからの方がいいわよ」

「あ、ひっどーい、キミちゃん。私だってがんばったんだから」

「花形のハンバーグ、作ろうとしたよね」

 終始、作業を見ていた秋山が、おかしそうに指摘した。

「あ、あれは、かわいいかなと思って。くずれちゃったけど」

「型抜きがあればできたかもね」

「どうせうちには、クッキーの型抜きなんて物はございませんよ」

「そういう意味で言ったんじゃあ」

 悠香をなだめる公子。

 やがて食事も終了。後片付けしてから、引き続いてゲームやらお喋りやらで一時間ほど過ごした。

「だいぶ遅くなっちゃたな」

 時間を確かめ、帰り支度に取りかかる。

「次は学園祭の打ち上げかな。日本拳法部か新聞部の打ち上げにかこつけてさ。それか、同じように試験後」

「いいよね」

 早くも次の際の相談に触れつつ、散会となった。

「じゃあ、今日はごちそうさん」

 いつものように、頼井がいの一番に離れる。

「あ、公子ちゃん」

「え?」

 別れた直後に呼び止められて、公子はあわてて振り返った。

「母さん、大事にしているから、安心してよ!」

「……もう」

 冗談に付き合わされて、気分が疲れた。

(でも、ほんと、いいとこあるよね、頼井君。どうしてユカと口喧嘩するのか分からないけど)

 それからしばらく歩いて、今度は石塚が離れる。

「新聞に料理コーナー、作れるかな? 女子に得意料理を披露してもらうっていう企画」

「あは、難しいと思うけど。続かなくてさ」

「そう言わずに、第一回に出てみない?」

 そんなことを言い残して、石塚も帰っていった。

 いよいよだ、と公子は思った。

(どうせ私、いなくなるんだから、今から二人がうまくいくよう、状況を作ってあげなきゃ)

 ふっと息をついてから、公子は演技を始めた。まず、立ち止まる。

「あっ」

「どうしたの、キミちゃん?」

 左隣を行く要が足を止め、聞いてきた。

「忘れ物しちゃったみたい」

「ほんと?」

 一番車道寄りを歩いていた秋山も足を止めた。

「ああ、どじっちゃった。取りに戻るから、二人とも、先に行っててね」

「危ないよ」

 気にかけてくれる秋山。

「いっしょに戻ろうか」

「い、いいわ。カナちゃんに悪いし」

「私、かまわないよ」

「いいって。じゃ」

 振り切って、公子はこれまで来た道を引き返すべく、かけ出した。

(どうして……優しいの?)

 少し、涙が出そうになった。

 悠香の家の前まで戻らなくとも、途中、適当なところで時間をつぶそうと思っていたが、知らない内に、ほとんど引き返してきてしまっていた。

「あは」

 夜空を見上げる。ほとんど星は見えない、今日は曇り空。

 でも、かすかな星の光でさえ、今の公子の目にはまぶしい気がする。

(痛いよ)

 目尻ににじんだ涙を指先でぬぐい、視線の高さを元に戻す。

 と、向こうから来る人影が見えた。

(……あれ……頼井君)

 見間違いかと思って、目をこする。しかし、それはやはり頼井だった。

「どうしたの、公子ちゃん?」

「えっと……忘れ物して……取りに戻ったとこ」

 演技を続けても大丈夫と確かめつつ、公子はゆっくり答えた。

「頼井君こそ、どうして出かけてたの?」

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