第81話 夢を追うもの笑うもの8
自室でのアニメ鑑賞会も終わり就寝。
有意義な日々を過ごしている傍ら、不安が頭を過る。
本当にこのままで良いのかと。
俺自身が何もしなくても怠惰ダンジョンは発展していくし、冒険者協会も発展していく。そこに俺は必要無いのでは無いかと。
頭では理解しているのだ、俺の怠惰というスキルがあってこそここまで大胆に行動が出来るという事は。けれど俺自身は何かをしている訳では無いので、どうしてもあれこれ無駄に考えてしまう。
「存在意義の証明って難しいんだな……」
人にはそれぞれ役割があって、その役割を一人一人が熟しているからこそ人間社会というのは形成されている。俺の役割は怠惰ダンジョンで存在しているだけで熟す事が出来るという何ともイージーな役回りだ。その分時間はあるし、役割以外でやれる事も多い。
「俺は何をすれば良いんだろうか……」
☆ ☆ ☆
朝の鍛錬も終わり、お嫁ーずは再び外出中。
テレビやネットでは千尋や純、冒険者協会についての話題に事欠かない。あれこれ好き放題言っているコメンテーター気取りのお笑い芸人を見ると少し元気が出る。
俺はこの人よりかはマシだと思えるから。
「さて……槍の稽古でもしようかな」
出来る事は多いのかもしれないが、何をして良いのかが分からない。
そういう時は何も考えずに鍛錬あるのみだ。そうすればマイナスになる事は無い、戦力の強化はそれだけで偉いのだ。
「ベルも最近は忙しいからなぁ……偶には他の人と鍛錬でもしようか」
唐突な思いつき、それがさも正しい事の様に思えてくるから不思議だ。
『番長?忙しい?』
『忙しくは無いっすね!』
最近何かと仕事が多い鬼人娘衆に鍛錬の協力を申し出るのは忍びないが、番長の持つ忍術と気操作というスキルをどうにかして会得したい。
『忍術と気操作を教えて貰いたいんだけど……時間に余裕が出来たら連絡してくれないか?』
『りょーかいっす!今から新入りの家にお世話しに行くんで、それが終わったら連絡するっす!』
『ありがと、じゃあまたな』
これで指導役の確保は出来た。
後は連絡が来るまで槍でも振り回しに行くとしよう。
鍛錬でいつも使う山の広場へと向かった。
道中畑仕事を片手間に魔法の練習をしているエルフルズに軽く挨拶を交わしながら目的地へと到着した。
アバターという特性上、魔力がある限り体力は無限なのでひたすらに型を繰り返す。アニメの動きを参考にしてベルが独自に作りあげた槍術はもはやベル流槍術とでも呼ぶべき仕上がりになっている。そのベル流槍術の型を愚直にただただ繰り返す。
連続した動きが更に連続していき、体の動きを止める事無く永久にループする。体重移動を意識して威力を込める。体重移動のエネルギーを逃がすことなく次の動作へと繋ぐ。動作自体はシンプルで突きと払いがベル流槍術のほぼ全てであり奥義と言えるだろう。
スタミナが無尽蔵にあるからこその動き、邪魔されなければ途切れる事のない動きを己の限界まで速度を上げる。
速さは力だ、速いというのはそれだけで強い。
自分の体がどう動いているかを俯瞰的に捉えるように意識してひたすら繰り返す。
どのぐらい時間が経ったのだろうか。
集中しすぎると時間の経過を忘れてしまう。
『児玉っち!』
番長からの念話でやっと動きが止まる。
『おう!時間出来たか?』
『ういっす!今からそっちに行くっす!何処に居るっすか?』
『山の広場』
『りょーかいっす!直ぐに向かうっす!』
番長がくるまでに本体の喉の渇きでも潤しておこう。
☆ ☆ ☆
「お待たせっす!」
「いや、俺の方こそ忙しいのに呼び出したりして悪いな……」
「全然問題無いっす!」
「早速で悪いけど、忍術と気操作について教えてくれないか?」
「りょっす!まずは気というものを扱う所からっすね!忍術も気操作の一種なんで!気は使えるっすか?」
そもそも<気>というものを今日まで何も学んでいないので使える訳が無い。
「いや、使えない。出来れば気の使い方から教えて欲しい」
「りょっす!ちなみに気は魔と対に当たる存在だと思ってくれて大丈夫っす!魔法が使えるなら気も直ぐに使える筈っす!まずはお腹の下に意識を集中して、気の存在に気付く所からっすね!基本的に臍の下ぐらいが一番気を感じやすいっすから!じゃあ臍の下に思いっきり力を入れてくださいっす!こう、何か暖かい魔力とは違うものを感じないっすか?」
「やってみる」
番長に言われるがままに臍辺りに力を込める。
だが、特に何かを感じる訳でも無い。
暫く続けるが何も分からない。
「もっとこう、ぐわーっと!臍下に力をぐぐぐぐっと!意識は常に何か暖かいものを探りながらっすよ!」
「わかった……」
全力で力を込めながら暖かいものを探るが全く駄目。
「駄目だ……分からん」
思ったよりも気を感じるという事が難しい。
「じゃあ別の方法を試すっす!私の手を握って欲しいっす!」
「りょーかい」
大和撫子然とした見た目の番長の手は白くて綺麗だ。
番長の手を躊躇する事無く握る。
「今から私が気を流すんで児玉っちは何か暖かいものを感じる事だけに集中するっすよ!じゃあ行くっす!」
「頼む!」
番長の手を握ってからどれくらい経っただろうか。
未だに何も感じる事が出来ない。
途中暖かいと感じたが、それは手を握り合っていたのでお互いの手が温まっただけだった。
もしかして俺には気を使う才能が無いのかもしれないと、何度もネガティブに陥りながらも番長の手に集中する。
不意に魔力とは違う何かを感じた。
暖かくて心地良い何かを。
その何かが番長の手から俺の手へ流れてきている。
これが<気>なのか。
「番長!<気>を感じたぞ!」
「おめでとうっす!じゃあ今日はもう遅いんで、速く家に帰るっす!私も新入りの晩御飯の支度があるんで!じゃあまたっす!おつぁれっしゃぁ!」
言うや否や番長は山の中へ消えていった。
辺りはもう薄暗く、日も沈みかけていた。
「俺も早く帰ろう……」
今日も英美里のご飯が楽しみだ。
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