第111話 夢を追うもの笑うもの38


 続いて準決勝。


 対戦カードは英美里対リーダーの名持ち同士の戦いになる。


 この二人が勝ち上がる事は予想はしていた。


 けれどそれでも番長ならリーダーを倒す事が出来るかもしれないとも思っていたのだが、ベル曰く番長ではリーダーにはまだまだ実力では劣っているという評価らしい。


 それだけ名持ちというアドバンテージは大きいのだという事が今回の模擬戦で再認識する事ができたので、改めて怠惰ダンジョンの増築をベルに推し進めてもらいたい。


 怠惰ダンジョンは現状、色々な事に手を出し過ぎているので、中々怠惰ダンジョン自体の階層を増やすという所にまで手が回っていないのだ。


「じゃあ準決勝を始めようと思うんだけど……休憩とか必要なら言って欲しい」


「必要ありませんご主人様」


「私も大丈夫です」


「分かった、じゃあスタート位置に着いてくれ」


 英美里とリーダーがスタート位置に向かう。


 俺の予想では流石に英美里が負ける事は無いと思うのだが、やはり隠れエルフスキーの俺的にはリーダーにも頑張って貰いたいといのが本音だ。


 俺の中ではエルフというのは魔法が得意でかなりの実力者というイメージがあるので英美里には申し訳ないが、リーダーを応援したい。


 両者がスタート位置に着いて開戦の合図を待っている。


「それではこれより、準決勝の試合を始めたいと思います!両者準備は良いですか?……では、試合開始ぃ!」


 開始と同時に両者距離を取った、お互いがバックステップで距離を離して魔法戦を仕掛けるようだ。


 口火を切ったのは魔法のエキスパートであるリーダー、得意の水魔法で水槍を多重展開して一気に英美里に撃ち込んだ。


 対する英美里は魔法では無く影槍で迎え撃つ、地面から生えた影槍がリーダーの放った水槍を悉く撃ち落としている。


「これぐらいでは魔法も使ってくれませんか……」


「魔法よりも便利というだけの話よ」


「……少し強い魔法をぶつけます!」


「先輩として正面から受けて立ってあげますよ」


 後輩と接する時の英美里は普段の雰囲気とは少し違う。


 いつもはにこにこ笑顔で優しい英美里なのだが、やはり先輩であり一応の立場としては職場の上司に当たる存在なので部下に対する態度もそれなりに厳しめにしているのであろう。


 リーダーや他の怠惰メンバーに対する態度は俺やベルの時とは違って新鮮さもあるが、少しだけ高圧的にも見えてちょっと怖い。


「行きます!アクアトルネード!」


 地下広場の天井に達する程の水の竜巻が5本英美里に向かって行く。


「数が多ければ良いという訳ではありませんよ!」


 英美里は5本の水の竜巻を前にしても全く動じず、水の竜巻に対抗するように同数の岩の像を生み出して水の竜巻にぶつけた。


 岩の像が水の竜巻を抱き締めるようにして英美里に向かうのを止めている。


「ベル、あれって岩の像を無視して英美里に攻撃出来ないのか?」


「それはあまり効果的では無いですね!英美里が岩の像に魔法誘因効果を付与しているので、リーダーのアクアトルネードは岩の像に引き寄せられてしまっていますから!無理やりにでも英美里に向かわせる事は一応可能ですが、仮にそのまま英美里に魔法をぶつけた所で英美里は再びリーダーの魔法を防ぐ何かを用意しながら岩の像をリーダーに向かわせるだけなので結局はリーダーも岩の像を防ぐ為の魔法を使うか、回避せざるを得なくなりますからね!」


「ふーん」


 俺には魔法戦の事はさっぱり分からない。


 ここに居たのが俺では無く純であったならベルの言っている事も理解出来ているんだろうが、俺にはまだ魔法戦を熟せる程の実力も知識も何もかもが足りていない。


「……これも簡単に防ぎますか」


「これぐらいはまだ小手調べでしょう。もっと本気で掛かってきなさい」


「……申し訳ありません。それではお言葉に甘えて……出でよ!水龍!木龍!」


 リーダーが生み出したのは水で作られた精巧な龍と木で出来た精巧な龍。


「なんだあれ!かっけぇー!純の水龍とはまた違ったカッコ良さだな!木龍もすっげー!ただの芸術作品じゃん!」


 純の龍が和風の蛇のような龍だとすれば、リーダーが生み出したのは4本脚で背中には大きな羽の生えた恐竜のような見た目の西洋龍だ、大きさが地下広場の高さギリギリなので大体15m程はあるだろうか。


「これは恰好良いですね!私も魔法で龍を作りたいです!後でちょっと真似してみよう!」


 ベルと俺はリーダーの生み出した魔法の龍の姿に大興奮していた。


「……これはお見事ですね」


「純の水龍に対抗して生み出した新たな魔法です。魔法龍と言った所でしょうか、この子達は見た目だけでなく強さも兼ね備えています。現状、私が出来る最大の最高の魔法になりますので誠に勝手ながら、この子達が破られれば私は降参させて頂きます……それでは参ります!行け!水龍!木龍!」


 リーダーは水龍の背に乗り、足を埋め込むように自身の体を固定した。


 そして水龍と木龍が英美里に向かって攻撃を開始した。


 水龍は口から水のブレスを吐き、木龍はそのまま突進しながら自慢の龍爪で引っ掻き攻撃。


「なるほど、龍の背に乗って影移動対策ですか……考えましたね」


英美里が岩の像で軽く邪魔をしながら更に後ろに飛びのいて攻撃を躱した。


 英美里の影移動はとても便利は魔法ではあるが、魔法のエキスパートであるリーダーには何処に現れるか特定され易く、しかも水龍という自らが生み出した魔法生物の背に乗っているので英美里としては余計に手が出し辛い。


「影移動はこれで完全に封じました!私には影移動は使えませんよ!さぁ!英美里も本気を出して下さい!」


「リーダーに敬意を表して私もとっておきを見せましょう!……大影・包躯巣!」


 英美里の体を影が包み込むが、いつもとは大きさが違う。


 英美里の影はみるみるうちに大きくなり、水龍木龍と大差が無い程にまで膨れ上がって形を整えた。


 影で出来た真っ黒い鳥、猛禽類のような見た目なので鷹か鷲では無いかと思うのだが如何せん真っ黒いのでちょっと変わったカラスにも見える。


「動物には動物で勝負です!」


「……それはカラスですか?」


「鷹です!失礼ですよリーダー!どこからどう見ても鷹でしょう!」


「いえ、真っ黒なのでカラスかと……」


「もう良いです!結局は勝った方が正義です!行きますよ!」


「はい!」


 そこからはもう、とてつもなく激しい大怪獣バトルが勃発。


リーダー側は木龍を前衛に据えて、水龍で後方からブレスと魔法で英美里の黒鷹に攻撃を仕掛けていた。


 英美里は英美里でいくら強いとはいえ、1対2では不利だと思ったのかもう一体の全く同じ造形の黒鷹を生み出して両前衛でとにかく突いたり鋭い鷹爪で攻撃を繰り返していた。


「……なぁベル、これって決着着くのか?」


「そうですね……スタミナ切れ、つまり魔力が先に尽きた方が負けるんじゃないですかね!」


「そうか……流石にもう見飽きたぞ、俺は」


「同感っすね!最初は大迫力で面白かったんすけど……結局やってる事が大味過ぎて飽きたっすね!」


「だよな……」


 二人には申し訳ないが、如何せんどちらも実力が拮抗しているようで対戦時間が長引いてしまい観戦している我々はもう飽きてきていた。


「大体今で30分ぐらいはああして戦ってますからね!私の見立てではそろそろリーダーの魔力が尽きると思いますよ!英美里の影が少しづつリーダーの魔力を吸い取ってますから、こういう長期戦にもつれ込めば英美里には中々勝てません!」


「流石は英美里と言った所か……相性が悪いからな、リーダーには」


「ですね!」


 ここでリーダーの水龍と木龍の動きが鈍くなってきた、もう限界が近いのだろう。


「押し切れませんでしたか……降参します!」


「試合終了!勝者!英美里!」


 リーダーが水龍と木龍を解除して地面に降り立った、その姿はまるで女神の様に美しかった。


「お疲れ様、流石に相性が悪かったわね。もう少し、攻撃力が高ければ押し切れていたかもしれないわね」


「お疲れさまでした……流石に敵いませんね……もっともっと私も精進致します!ありがとうございました!」


 敗者であるリーダーは博士と助手ちゃんの方へと歩いて行き、勝者である英美里は俺達が居るステージ側に歩いて来た。


「お疲れ英美里!」


「ありがとうございますご主人様!一応は先輩としての威厳を保つことが出来て良かったです」


「英美里お疲れ!あの大きな黒鷹は初めて見たよ!いつの間にあんな事が出来るようになったの?」


「そうですね……あれは私がベル様にバレないように、自分の影の中で隠れて特訓していたものの集大成ですね……本来ならベル様との対戦まで隠しておきたかったんですが、リーダーにあそこまで言われてしまったので出してしまいました」


「そうなんだ!やるねぇ英美里!」
























 これで決勝の対戦カードが決定した。


 決勝戦は、怠惰ダンジョン最強ベル対戦うメイド英美里。


 正直な話、英美里がベルに勝てるとは思って無い。


 けれどベルとの模擬戦を通してまた何か成長するきっかけになってくれれば良いと俺は思う。


 最初から敵わない相手だと分かっていても本気で戦って負ければ誰だって悔しいのだ、その悔しさがある者は一歩先へと進むことが出来ると俺は知っている。


「負け続けると俺みたいになるんだけどな……」


 かつての俺は千尋に何度負けても立ち上がっていたのに、いつの間にか立ち上がる事を辞めていた。


 人間負けすぎると心が立ち上がる事を拒否してしまうものなのだ。






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