第101話 夢を追うもの笑うもの28
博士が自分がしている仕事の話を聞かせてくれた。
饒舌過ぎて多少面食らったが、自分の仕事が好きで楽しくやれているという事が分かったので俺としてもとても嬉しい。
今後もこの調子で研究に情熱を注いで貰いたいものだ。
「実は今日ここに来た目的があるんだけど。この間地下広場で魔法銃の試作の実験してたと思うんだけどさ、あの魔法銃を冒険者協会の新人の子らにプレゼントしたいんだよね」
新人の子らには出来るだけ良い装備を与えたい。
本来ならば兵器等は渡さない方が良いのだろうが、折角冒険者協会の仲間になってくれたのだから人生の先輩として少しぐらい何かをしてあげたいのだ。
「ん……あれは試作、駄目」
「駄目か……それじゃあ他に何か無いかな?」
「明日まで待って……」
「明日?」
「ん……明日」
良く分からないが、明日まで待ってくれという事だろう。
「分かった、じゃあまた明日ここに来ても良いか?」
「明日、午前中地下広場行く」
「地下広場で待ってれば良いって事か?」
「ん」
「りょーかい……それと、助手ちゃんは何か困ってる事とか無いか?」
「無い、楽しい」
「そうか、それは何よりだな!リーダーと博士も何か困った事とかあったらベルか俺にでも言ってくれ。この研究施設は怠惰ダンジョンの今後を左右する場所になると思うけど、気楽に頑張り過ぎないようにな」
「ありがとうございます!」
「ん」
「ハイ」
「俺はそろそろ帰るけど、今度は皆でご飯でも食べような!じゃあな!」
皆に手を振って別れた。
残念ながら新人の子らには魔法銃はプレゼント出来そうに無いが、明日までに助手ちゃんが何か用意してくれるらしいので新人の子らにはそれで我慢してもらうとしよう。
「俺も魔法銃欲しかったなぁ……」
帰り道の道中、この間地下広場で見たリボルバー式の魔法銃を扱っている自分の姿を想像しながら一人寂しく家へと帰ってきた。
「ただいまぁ!……って誰も居ないんだったな」
いつもなら恭しく出迎えてくれる英美里も最近は家を不在にしている事が多い。
英美里は英美里で強くなる為に努力している。
英美里が千尋に負けたのは仕方の無い事だ、ちーちゃん最強計画は千尋を集中的に強化する事も作戦の一部だったのだから他の怠惰メンバーが千尋に後れを取る事は元から既定路線だったのだから。
「それでも負ければ悔しいか……俺は英美里みたいにはなれないな」
負ければ悔しい、それは当たり前の感情だ。
けれど悔しさを糧にして努力出来る者はそんなに多くは無い。
負けた相手を超えようとか、見返してやりたいとかいう気持ちはあっても本気で努力したりしない者も多いと思う。
皆、ある程度の努力はするだろう。
けれど努力を継続させるのは本当にエネルギーが必要であり、強い気持ちが必要だ。
どこかで折れたり、諦めたりする人が大半だと思う。
夢を追いかけていても叶わないと思ってしまえば、努力をする事は難しい。
「努力し続ける才能が一番凄い、才能かもしれないな……」
家で一人で居ると、センチメンタルなポエム染みた事を考えてしまうの何故だろうか。
「そういえば……国連がどうとかってどうなってんだろ」
世間ではやたらと風当たりが厳しくなっている安相政権だが、海外での評価は結構高い。
中国と韓国以外のアジアの国々やヨーロッパ諸国、アメリカからも評判は良いとネットの記事で見かけた。
「国連は最近中国寄りで酷いか……まぁ大国だしなぁ」
日本という国は何故こうも諸外国に舐められているのだろうか。
日本が軍隊を持たないからだろうか。
日本人が大きな声で意見を言わないからだろうか。
いつまでも過去の敗戦を引きづっているからだろうか。
「まぁ、諸外国の人達が騒ごうが何しようが千尋は渡さないけどな」
俺の身内に手を出す奴らは許さない。
世界と戦えるだけの戦力はあるのだ、何も恐れる事は無い。
「安相さんは世界を敵に回す覚悟とかあるのかねぇ……」
俺は、自分の住んでる国が滅びなければそれで良い。
だけど千尋と純は違う。
本気で世界を救いたいと思ってるし、それを実行する為に頑張っている。
本当なら表舞台にわざわざ出たくは無いだろう、けれど俺の代わりに表舞台に立つ事を選んでくれた千尋と純には感謝しかない。
「自国が産んだ英雄を切り捨てるのか、それとも共に戦うのか……いよいよ大一番が始まりそうだな」
日本はまだ、俺と怠惰ダンジョンについては何も知らない。
その何も知らない状態で英雄を守る為に世界を敵に回す決断が出来るのかどうかが今後の俺達の動きにも関わってくる。
「にしても中国はヤバそうだな……土地が広いのが仇となってるなこれは」
中国では最近ゴブリン以外の未知のモンスターの目撃情報が相次いでいるらしく、行方不明者も後を絶たない。
国の土地が広く、都市部以外の人口が少ないのでダンジョンが成長するには最適の環境が整っている。
この現象は中国だけでは無いが、中国は特に被害が多いようだ。
「早めに手を打たないと、北海道とか魔界になりそうだな」
各国では千尋の報告を受けて、ダンジョンの攻略を進めているようだが今の所攻略したという情報は無い。
俺達も被害を少なくする為に冒険者協会のHPにダンジョンの特性や情報をある程度は掲載してはいるが、効果は薄いのかもしれない。
「海外で、一般人がゴブリンを複数倒してレベルを上げている人が増えているのか……まぁそれが出来るなら一番良いんだけどな。日本は発見報告のあったダンジョンは基本的に封鎖してるからなぁ……一般人がレベル上げる機会はホントに少ないだろうな」
ダンジョンを成長させないという意味では、一般人がダンジョンに入らないように封鎖するのが正解ではある。
けれど封鎖しているだけでは問題を先送りにしているだけに過ぎないのも事実だ。
だからこそ日本では冒険者協会という存在と世界初のダンジョン攻略者である千尋の存在がとても重要になってくる。
「もう少しで、日本は劇的に変わる……」
千尋の後進が育てば、千尋と純は日本中のダンジョンの攻略を開始する。
ある程度ダンジョンの数を減らす事が出来れば、後は冒険者協会とPCHに任せる事が出来る。
千尋達が世界のダンジョンを攻略しに行くのは日本が安全になってからの予定ではあるが、このまま行けば中国は本当に滅ぶ可能性が出てきている。
「軍隊を壊滅させたダンジョンが気掛かりだよな……」
もしかすると怠惰ダンジョン並みに成長している可能性もある。
怠惰ダンジョンはゴブリン等のモンスターを生成していないので、実際はかなり非効率なやり方で成長している。
それでもここまでの規模のダンジョンになっているという事は、効率の良いゴブリンを生成しているダンジョンはどれ程の速度で成長しているか想像もつかない。
「手遅れになる前に何とかしたいが、まずは日本の地盤を強化してからじゃないとな……俺達が焦って失敗でもしたら元も子もない」
千尋と純がダンジョン攻略の実績をもっと積めば発言力も増す筈なので、それからでも遅くは無いと思っていたが事態は意外と逼迫しているようなのでダンジョンについての情報をもっと世界に発信した方が良さそうだ。
☆ ☆ ☆
アバターを操作して内気功の練習をしながら連絡を待っていると、昨日よりも遅い時間に連絡が来た。
『お疲れさま!拓美君!報告のお時間だぜぃ!ちなみに千尋ちゃんはもう寝ちゃったぜぃ!』
『お疲れ、純。千尋はもう寝たのか?寝る前に一言ぐらい話したかったけど、仕方ないか』
『くふふふ!今日は私だけで我慢してね?』
『さぁ、報告を聞こうか!』
『そうだね!まぁ特にこれと言って報告するような事は無いんだけど……強いて言うなら、PCH組が何かとちょっかいを掛けて来るのが鬱陶しいぐらいかな!』
『詳しく』
『そうだねぇ……ナンパ?みたいな事を新人の子らにしてくるのが二人と、私が気に食わないのか突っかかってくる馬鹿が一人かな!』
『ほう……その馬鹿はどうなった?』
純は以外と強かで処世術にも長けているので、そういう馬鹿は何だかんだでのらりくらりと受け流しているとは思う。
けれど千尋はそういう馬鹿を放ってはおかない筈だ。
『くふふ!馬鹿は英雄様にコテンパンにやられて悔しがってたよ!』
『くっそー!俺も見たかったなぁ!』
『カッコよかったよ!千尋ちゃん!……貴様は何様だ?私と純は講師としてこの場に居るのだぞ?文句があるなら、ここから去れ!教えを乞いたいのならば、それ相応の態度があるだろう!馬鹿者が!……って怒鳴ってた!くふふ!それで馬鹿が千尋ちゃんに言い返しちゃったもんだから、もう大変!結局バトル勃発で、千尋ちゃんが剣精まで使ってボッコボコにしちゃってさ!終わった後にやり過ぎたって言って落ち込んでた!』
『良いなぁ……俺も見たかったなぁ』
その後も純と雑談を交えながらお互いの報告をしていった。
『そっか……じゃあおやすみ!』
『おう!おやすみ!』
報告会も終えて、俺はルゼに会いに行った。
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