第66話 英雄も事件が無ければただの人23


 ベル以外は朝食を終えてコーヒーブレイクしていると、遠くの方から車のエンジン音が近づいてきている事に気付いた。何か異常事態が起きていない限りは一馬さんと雅さんが朝稽古の為に来たんだと思う。未だ朝食を食べ続けるベルの方を軽く確認するが何も反応は無い。


「おじさんとおばさんが来たみたいだな……指導というか説明は千尋に頼んで良いか?」

「あぁ、任せておけ。といっても英美里が着いている以上は何も問題無いだろうがな、一応ルールと注意事項だけは説明しておくよ」


 俺達が日々のレベリングで使用しているスライムランダムスポナーは現在2つで、魔力を使用してのスライム生成作業は魔力を簡易的に補充出来る英美里が主に行っている。エルフルズにも少しだけ手伝って貰っているのだが、彼女らには農業というメインの仕事が有るのであまり無理はさせられない。


「ありがとう。それと今後おじさんとおばさんが朝稽古に参加するんであれば、スポナーの数を増やさないと効率が悪くなりそうなのが問題だよなぁ……でもスポナーを増やせば今度は、魔力の供給が追い付かなくなりそうだし……ベル!何か良いアイディア無いか?」

 美味しそうにご飯を食べている最中のベルに何か解決策が無いかを聞いてみる。


「ふぁいマフター!」

「口の中の物を飲み込んでから喋りなさい!」

 俺はそこまで気にしないのだが、千尋に軽く叱られたベルは数度頷きながら嚥下していく。


「……はい!マスター!現状ではDPに余裕が無いのですが、インテリジェンスデビルを生成出来れば魔力問題は概ね解決すると思います!流石に名持ちの英美里、美帆、には劣るかとは思いますが魔力は豊富な種族なのでスポナー1つ分であれば賄えると思います!ただ、英美里のように魔力を容易に回復する術が無いので最初は午前中だけの運用の方が良いと思います!」


「じゃあ、暫くはこのままって事か……一馬さんがどれだけハッスルするか次第だな。千尋、おじさんがハッスルしそうになったら施設が本稼働出来るまでは、朝稽古だけにするようにって止めるの手伝ってくれよ?」

 俺が言っただけでは止まらない可能性もあるので念の為に愛娘である千尋にも協力を要請しておく。


「わかってる。お父さんが武に関する事になると途端に脳筋になるのは理解しているからな……暴走しかけたら殴ってでも止めるから安心してくれ」

 一馬さんならば勝手に自分の魔力を使ってスライムを生成しかねないので一人では地下広場へ行かないように注意しとなければならないだろう。レベルも低く、魔力も少ない状態でスポナーを起動すれば下手すれば死んでしまう、元々ランダムスライムスポナー自体が罠の一種だという事を忘れてはいけない。


 一馬さんの対策を話していたら、一台の車が我が家の前で止まった。


「おじさん達も到着したみたいだし、お出迎えと挨拶したら朝稽古始めようか」

「あぁ」

「ほーい」

「はい!」

 各々が返事を返す中、ベルだけは頷きを返すだけに留まった。



 ベルを居間に残して皆で玄関へと向かう。

 玄関に向かう途中でインターホンが鳴った。


「はーい、今開けまーす!」


 玄関の戸を開けると、一馬さんと雅さんが並んで立っていた。二人とも剣道着を着ていて、二人とも手には細長い形状のジュラルミンケースを持っている。


「本日より!こちらで朝稽古をさせて頂きます!佐々木一馬と!」

「佐々木雅です」

「「よろしくお願い致します!」」


 朝っぱらからとてつもない声量で挨拶をしてきたおじさんに思わず面食らってしまい、返事が遅れた。


「っと……えー、こちらこそよろしくお願いします」


「「お願いします!」」


「良し!挨拶も終わった事だ!早速稽古場へ連れて行ってくれ!」

「勝手な主人ですみません……」


「あ、はい」

「はぁ……お父さん、お母さん。おはよう、取り合えず上がって私に着いてきて。それと靴は持ってきてね、地下広場に着いたら土足だから」


 ベルが転移門を利用しやすくしてくれたおかげで指定した人が転移門を利用できるようになったので一馬さんと雅さんを指定しておいた。


「おぅ!おはよう!案内頼むぞ!千尋!」

「おはよう。皆様もおはようございます。お邪魔致します」


 千尋の先導で転移門の置いてある部屋へと向かって行く佐々木家一同。置いてけぼりの俺達。


「純はおじさんに会った事あるんだっけ?」

「あるけど……前に会った時はもう少し寡黙で厳格な感じの人だと思ってたかな……」

「まぁ……武芸が絡むとあんな感じなんだよ。特に今日は一段とテンション高めだけど……」

 一馬さんのテンションが高いのは今日まで怠惰ダンジョンでの稽古がお預け状態だったからに違いないだろう。

「そっかぁ……私達も行こうか」

「純も自分よりもハイテンションな人と接すると物静かになるんだな」

「まぁねぇ……何かエネルギーを吸い取られたような感じ?」

「あぁ……なるほどな」

 有体に言ってしまえば精神が疲労した。


 地下広場へと先に向かった佐々木家一同の後を追いかけるように地下平場へと向かった。



 地下広場に着くと一馬さんと雅さんがジュラルミンケースから刀を取り出して軽く素振りしている、恐らく準備運動も兼ねているのだろう。

 俺も槍を取り出して合流する。


「お待たせ。準備運動が終わったら、千尋と英美里からスポナーの説明と注意事項を教えて貰ってね」


「おう!準備は出来てるぞ!千尋!説明を頼む!」

「えぇ、来る前に軽くだけど体を動かしてきてるから。私達はいつでも良いわよ」


 一馬さんは余程待ちきれないのか、急かすように千尋に説明を頼んでいた。


「じゃあ説明するわね」



 ☆ ☆ ☆



「良し!分かった!早速スライムとやらを生成してくれ!」

「はぁ……英美里!お願い!」


「では!いきます!」

 英美里が掛け声と同時にスポナーへと触れた、最近ではめっきり見る事の無くなったブルースライムが生成された。


「良しきた!チェストォォォオオ!」

 掛け声と共に振るわれた上段からのシンプルな切り下ろし。年齢を感じさせない鋭い剣閃は見事の一言だった。


「ふぅぅぅぅぅぅぅ……次!」

「次!いきます!」




 その後も次々とスライムを切り伏せていった一馬さん。


「ありがとうございました!」


 連続でスライム切りを行ったので流石に疲労したのか、それとも他の人達の鍛錬の為に気を使ったのか英美里に礼をしてから後方で待機していた俺達の元へと戻ってきた。


「拓美!これは良い鍛錬になるな!がっははははは!次は雅の番だな!行ってこい!」

「はい」


 一馬さんに促されて雅さんが英美里の元へと歩いて行った。


「拓美!スライム以外は居ないのか?」

「居ないよ」

「そうか……」

「それより、雅さんがスライム狩り始めるよ。見てあげないと」

「そうだな!」


 一馬さんとの会話もそこそこに雅さんのスライム狩りを見守る。



「よろしくお願い致します」

「では!いきます!」

 おじさんとは違い、刀ではなく木刀を手にしている雅さん。たぶん千尋から借りたんだろう。

 やはり千尋の母なだけはあるようで、立ち姿は千尋によく似ている。

 

 英美里によりグリーンスライムが生成されるとスライムを観察するように少し離れた距離で止まっている。数秒の間を置いてから一歩大きく踏み込んだ。


「やぁぁあ!」

 甲高い叫びと共に、横一閃。

 見事に核を捉えてスライムを討伐出来た。

「ありがとうございました」

 一礼してからこちらへと戻ってくる。



「お疲れ様です。どうでした?」

「えぇ!とても楽しいわ!これでレベルも上げられるなんて最高ね!ありがとう、たっくん!」




 その後はリーダーにも来てもらって二手に別れてスライム狩りを行い、昼前まで朝稽古は続けられた。

 待ち時間で模擬戦もしていたのだが、俺が一馬さんに負ける事は一度も無かった。決して圧勝では無かったのだがやはりレベル差というのは凄まじい物がある、それは俺が一馬さんに勝てている時点で明白だろう。




















 

「がっははは!後十日もあれば拓美には勝てそうだな!」

「いや、三日もあれば充分な気がしますけど……」


 やはり俺には剣の才能は無いのだ。




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