第107話 夢を追うもの笑うもの34
番長を地下広場の隅へ寝かせて、薬らしき物を飲ませたリーダーがこちらへと戻ってきた。
「拓美様、番長は麻痺薬で暫くは動けませんが解毒薬も飲ませておきましたので一時間もすれば元通りになると思います」
「おぅ!ありがとう、リーダー。それにしてもリーダーがは強いな……何でもありのルールだったら純にも負けそうに無いよな」
リーダーは魔法戦では純に一度負けている。
「それはどうでしょうか……純はとても頭が良いので、番長のようには上手くいかないと思います」
「マスター!純と千尋が帰ってきたらリベンジマッチを開催しましょう!」
「リベンジマッチか……まぁそれも良いかもな。最近は英美里もかなりレベルを上げてるみたいだしな。リーダーも純にリベンジしたいだろ?」
「そうですね……私は争いは好きではありませんが、私が頑張る事で純にも良い影響が生まれると思うので、是非リベンジの機会を頂きたいですね」
エルフという種族は特別、戦闘が得意という種族では無い。
ただ単に基本スペックが高いので戦闘もハイレベルでこなせるというだけだ。
基本的に争い事を好まないリーダーは自身が強くなる事にはあまり興味は無いようだが、自身が高みを目指す事でライバル関係にあたる純にも良い影響を及ぼす事が出来ると考えてくれているようだ。
「じゃあ二人が帰ってきたら、リベンジマッチを開催しようか!今夜にでも二人に伝えておくよ!」
「ではリベンジマッチは近日開催という事で!……マスター、次の試合はどうするんですか?」
「もう決めてるよ。それじゃあそろそろ再開しますか!」
俺は意気揚々と小さな特設ステージへと昇った。
「それではこれより、第一回戦Bブロックの試合を始めたいと思います!Bブロックの対戦カードは……博士VS助手ちゃんだぁ!」
「ワタシデスカ……」
「……博士と試合」
「両者は位置についてください!」
この二人の対戦を見る為にこの模擬戦イベントを開催したと言っても過言では無い。
俺はこの二人がまともに戦闘をしている所をまだ見たことが無い。
正直、鑑定すらしていないのでどのようなスキルがあるのかも俺は知らないのでとても楽しみだ。
博士はインテリジェンスデビルという種族であり、戦闘向きでは無いが戦えないという訳でも無いと思う。
助手ちゃんはドワーフという種族で、見た目は小学校の低学年生にしか見えないがその見た目とは裏腹にとても力持ちだという事は知っているので、博士よりかは戦闘に向いているとは思う。
「コワイナー……」
ぼそぼそと呟く博士だが、怖いと言いながらも怯える様子は全く無い。
「倒す」
助手ちゃんは結構やる気なようで、アイテムボックスらしき黒靄からとてつもなく大きな金属製の斧を取り出していた。
助手ちゃんが肩に斧を担いだのだが、明らかに助手ちゃんよりも斧の方が大きいのでとてつもない威圧感がある。
「それでは!試合開始!」
開始と同時に助手ちゃんは猛ダッシュ、対する博士はその場から動かない。
「コワイヨー……」
「舐めてる!」
棒立ちしている博士へ、助手ちゃんが馬鹿デカい斧をフルスイング。
それでも博士はまだ動かない、これは終わったかと思ったが助手ちゃんのフルスイングした斧はあろう事か博士が片手で掴んで止めていた。
何が起きているか俺にはさっぱり分からないので、ベルに試合の解説を頼む事にした。
「あれは何が起きてるんだ?」
「はいマスター。あれは博士の闇魔法ですね!闇魔法で斥力を発生させて受け止めてるんですよ!闇魔法は基本的に空間に干渉する魔法が多いのですが、引力や斥力も操作が可能な万能な魔法ですから!」
闇魔法のイメージが俺が思っていたものとは大分違って驚いているが、正直な所俺が今まで見てきたどの属性よりも強力だ気がする。
「空間に干渉とか……めちゃくちゃ強ぇじゃん、闇魔法!」
博士と助手ちゃんは膠着状態で、二人とも全く動かない。
「はい、マスター!ですが強力な闇魔法にも欠点は存在しますよ!その事を理解しているからこそ、助手ちゃんは諦めずに斧を振ろうとしているんですよ!」
「弱点なんかあるのか?斥力を使えば助手ちゃんの攻撃は博士には一生届かないだろ?」
「闇魔法の弱点はとてもシンプルです。魔力の消費量がとてつもなく高いんです!だからこそ、助手ちゃんはああやって常に力を込め続けて博士の魔力を消費させているんですよ!持久戦に持ち込む算段ですね、助手ちゃんは!」
二人とも全く動かないので絵面としてはとても地味だ。
「じゃあなんで博士は真っ向から助手ちゃんの攻撃を受け止めたんだ?」
「分かりません!そもそも普通に戦ったとしたら近接攻撃しか出来ない助手ちゃんには勝ち目が無いんですよねぇ……二人の能力についてマスターが把握していなかったので仕方の無い事だとは思いましたが、流石にこれは相性が悪すぎますね!」
「そんなに相性悪いのか……でも一応は持久戦に持ち込めてるんだから、意外と助手ちゃんが勝つんじゃないか?」
「いいえ、マスター。そもそも試合開始と共に猛ダッシュしてきた助手ちゃんに博士が情け容赦無く、闇魔法を使っていれば試合終了していた筈ですよ!」
「……博士はわざわざ膠着状態に持ち込むまでも無いのか」
「ですので、博士の意図が私には分かりません!」
「それは多分ですが……博士なりの優しさだと思います」
一緒に観戦していたリーダーが疑問に答えてくれた。
「優しさか……」
俺の思い付きで始まった今回の模擬戦大会だが、俺が思っていたよりも怠惰メンバーの間には大きな実力差や相性の善し悪しがあったようだ。
俺の中ではベルを除けば英美里が他のメンバーよりも頭一つ二つ抜けている程度だと思っていた。
「なるほど!博士は意外と優しいんだね!あんまり話す機会も無いから、知らなかったよ!」
「それは良かったです!」
「博士も美帆も偉いな……ちゃんと相手の事を考えて模擬戦に参加してくれて、本当にありがたいよ」
俺が独断と偏見で組んだ対戦カードだったが実力差と相性の関係で模擬戦が成り立たなくなる所を、リーダーと博士が気を使ってくれたおかげで何とか試合にはなった。
「ふふふ……こちらこそ、ありがとうございます!こういうイベントがあると私達も楽しいですから!これからも何か思い付きで良いのでイベントを開催してください!」
「まぁ……次はもう少し考えてからやるよ」
今回の突発的なイベントで俺が皆の事をまだ、あまり理解出来ていないという事が良く分かった。
これからはもっと積極的に皆と絡んで行こうと思う。
「マスター!もうすぐ試合が終わりそうですよ!」
俺はベルに言われて、膠着状態の二人に意識を戻した。
俺には最初と何ら変わりが無いように思えるが、ベルが終わりそうだと言うのだからもうじき決着がつくのだろう。
「……無理」
助手ちゃんが斧を手放した。
斧は大きな音を立てて地面に落ちた。
「……ゴメンネ」
「ん……知ってた」
「勝者!博士!」
試合終了を俺が告げると助手ちゃんは斧をアイテムボックスに収納し、こちらに戻ってきた。
博士もその後を追うように俺達が居るスステージの側までやってきた。
「ん……疲れた」
「オツカレサマ……」
「お疲れ様!二人とも良く頑張ったな!この後はいよいよ、俺と英美里の対戦だからな!ゆっくり休んでくれ!ベル、司会進行を代わりに頼む」
俺はゆっくりと開始位置へと歩いて行った。
「俺が英美里に勝てるとは思わないが……何とか一発だけでも当てたいな」
英美里は強い。
多種多様な魔法と影を使った攻撃と防御。
そして英美里と言えば何と言っても影から影へと移動する影移動が本当に厄介だ。
「千尋は良く英美里に勝てたよな……俺には勝てるビジョンが全く浮かばないんだが」
「ご主人様は私と本気で戦って無いではないですか!そんな弱気では勝てるものも勝てませんよ!頑張ってください!今日こそ本気で戦ってくださいね!」
「……いつも本気なんだが」
「それは嘘ですね……では、こうしましょう!私に勝てたら何でも一つ言う事を聞きます!」
「何でもと言われてもな……英美里にはいつも良くしてもらってるから、特にして欲しい事は無いかなぁ」
「怠惰の魔眼を私に使っても良いですよ?……ちなみに私は最近、エルフ温泉にエルフルズと良く一緒に入浴してます」
「英美里!今日こそお前を倒して見せる!ベル!合図を頼む!」
「それでは!第一回戦……Cブロック!始め!」
男には絶対に負けられない時があるのだ。
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