第42話 小さな発見は大きな事件15
「純。良いんだな?」
「ふふふっ。遠慮はいらないよ、準備は出来てるから。さぁ早く」
「随分と余裕があるみたいだけど、初めてだろ?」
「私はこんな形だが君より年上だぞ。姉さん女房という奴さ、少しぐらい余裕ぶっても良いだろう?それにこれだけ焦らされれば誰だって早くヤってもらいたいものだよ」
「そうかもな……良し!俺も覚悟は決めてますから!じゃあいきますよ?」
「あぁ頼む」
純は怖いのか両目を閉じて何かを祈るように両手を胸の前で組み、その時に備えている。
初体験とは聞いていた。
なので俺を受け入れてもらう為にしっかりと準備を行った。
経験済みの千尋にやり方を教わり、じっくり丁寧に下準備を整えた。
純の体はとても小さい。
身長は140cmあるかどうかといった所だろう。
俺との身長差は頭一つ分はあるだろうか。
出会った時から何も変化が無い容姿。
ここまで変化が無いというのは凄い事だ。
いつまでも若々しく、ともすれば幼いとも言える。
肌もすべすべもちもちで本当に年上なのかと疑ってしまう程だ。
実際<なごみ>で働いている時は、初見のお客様は「お手伝い?偉いね」なんて言ってくる方が多い。
そんな幼い容姿の純。
俺が尊敬し敬愛している人。
俺がこれから一生をかけて責任を果たさなくてはならない人。
「好きだよ」
「ふふふっ!私もだよ!」
「そういうのはもう良いから!早くしろ!」
ふざけていたら千尋に怒られてしまった。
「はい!<鑑定>」
純に隠蔽を解いてもらい鑑定を行った。
「なるほど……並行処理……これは俺も欲しいな」
「とりあえず、詳細を説明するよ!」
末永 純 LV7
スキル 並行処理/念話/隠蔽
加護 水神の加護
・並行処理 同時に複数の作業、思考を行う際に能力値上昇、効果上昇
<水神の加護>
・鑑定(鑑定対象の情報が分かる)
・同類言語理解(同類の言語が理解出来る)
・アイテムボックス(自身に所有権のある物を収納出来る)
・水神の守護(水を扱っている場合、経験値を取得し、能力値、成長値上昇効果)
「と、こういう感じだね!レベルも中々高いだろう?」
自慢気に胸を張るが、エルフルズの足元にも及ばない小山を見せつけてくる。
「LVは7か……これってやっぱりそういうことなのか?」
「少なくともこれで可能性は上がったな」
千尋の立てた推測の信憑性が更に上がった。
「まぁ、まだサンプルが3件しか無いから何とも言えないけど……ほぼ間違いない気がするなぁ……そうなると<超常現象対策本部>主導のダンジョン攻略はかなり時間がかかりそうだな」
「あぁ、このままでは何れ世界はモンスターで溢れ返るだろうな……まぁその為に私が居る、純先輩もな。」
レベルアップの恩恵というのは非常に大きい。
実際に俺と千尋は自らの体で体感している。
レベルが低ければダンジョン攻略など不可能だ。
しかしレベルを上げるには<神の加護>や<怠惰>等の特殊な経験値取得方法をもたない場合、モンスターを討伐するしかない。
そして特殊な経験値取得方法にも欠点が存在する可能性が高まった。
それは一日に1ずつしかレベルが上がらない可能性だ。
これは千尋の経験から推測したものだったが、今回の純のレベルを見た限りではほぼ確実だと思える。
「ただこの推測は……俺には当てはまらないんだよなぁ……」
何故かは分からないが俺には当てはまらない。
実際にレベルが複数ずつ上がっていた。
「考えても答えが出ないものは後回し!私のレベリングをしてくれるんでしょ?行こう!」
純はレベリングしたくて仕方ないらしい。
どうせ考えても分からないのだ、純の言う通りあれこれ考えずにレベリングした方がよっぽど建設的だ。
「それもそうだな!じゃあ……まずはコアルームに向かいますか!」
考えても答えは出そうにない、今の所デメリットも無い。だったら放っておいても良いだろう。なので拓美は考える事を止めた。
☆ ☆ ☆
ちょこちょこと小さい歩幅で歩く純の後ろ姿に癒されながら洞窟にたどり着いた。
メンバーは英美里、千尋、純、俺。
ベルにはコアルームへ先に向かってもらい、エルフルズと番長は仕事に戻ってもらった。
「この洞窟の先が下層階へ繋がっているのか……なんともファンタジーなものだね、ダンジョンというのは……」
「はい、私も初めてここを訪れた時は驚嘆しました」
「だろうね!……この洞窟の時点でかなり不思議だしね!明かりも無いのに見えるなんて凄くファンタジーだよ!こんな面白い事が味わえるなんて、長生きはしてみるものだねぇ」
「純先輩もまだ20代でしょ!年寄りみたいな事言ってると老けますよ?」
「ふふふっ!私は少しぐらい老けたぐらいが丁度良いのさ!なんせこの見た目でもうすぐ三十路だからね!そろそろ大人の色気という物を出していかないと婚約したばかりなのにポイされてしまうよ!ね!旦那様?」
前を歩きながら千尋とお喋りしていた純が頭だけこちらに振り向き、俺に話を振ってくる。
「そんな訳無いでしょ……俺は見た目じゃなくて先輩の中身に惚れてたんですから!」
「くふふ!ありがとう拓美君!けど、ため口はもうやめちゃったのかい?君にしては結構頑張ってたみたいだけどね!ふふっ!」
やはりまだ先輩にため口を使うのに慣れない。
「あぁもう!茶化すな!前向いて歩け!危ないだろ!」
「すまないね!これでも平静を保っていたつもりだったけど、やはり私も喜びを抑え切れていないみたいだ!愛してるぞ!旦那様!」
こうも喜んでくれるなら何故、昔告白した時に断られたのだろうか。
女心が全く分からない。
後学の為に聞いておこう。
「ちなみに、昔なんで俺を振ったんですか?」
「何故だと思う?」
質問を質問で返された。
「わからないから聞いてるんですよ」
「ふふっ!まだまだ伸び代があるみたいで嬉しいよ!」
「いや、教えてくださいよ!……俺、そんなに魅力ありませんでしたか?」
昔の俺は本当に何も持っていなかった。
夢を諦め、才能を恨み、未来に悲観して、自分という存在が疎ましく感じていた。
自分には何も無いと。
誇れるものは家族だけ、天然だが子供の事を最優先にしてくれた優しい母、寡黙だが子供を信頼してくれていた恰好良い父、興味ない振りして一番俺を気遣ってくれた優秀な妹、何故か俺にだけ懐かなかった猫のゆず。
今はもう妹だけになってしまったが、俺が誇れる大切な家族。
自分に期待せず、周りにも期待する事も無くなり。
ただ現実を受け入れ、生きていく為に折り合いをつけながら生きていただけの自分。
そんな自分の事が嫌いな時期もあった。
でもこんな自分も悪くないと、思えるようになったのは先輩に会ってからだと思う。
あぁそうか俺は先輩の誰にも屈しない、周りを気にしない、自分のコンプレックスさえも利用する、そんな強かさに憧れてたんだ。
憧れが尊敬に変わり、尊敬は敬愛に、敬愛は恋愛に。
そうして俺は先輩に恋をしたのか。
思い返せば俺の高校時代の思い出は先輩との思い出ばかりだ。
「いや、拓美君は今も昔も魅力的だよ……現実を受け止めて足掻くでも藻掻くでも無い。自分の事を充分に理解し分析した上で、自分に出来る最大限、最高率を探していた君は私にはとても魅力的に見えていたよ。現実に抗う事無く全てを受け入れて時には曲がりながらも決して折れる事の無い、大樹のような君が私は好きだった。だからこそ私は君を受け入れる事が出来なかった。君を受け入れてしまえば私も足を止めてしまいそうだったから、コーヒーへの愛が冷める気がしていたから」
いつの間にか先輩の横を歩きながら階段を下り、第2階層のトンネルへと到着していた。
トンネルの出口へと歩き続けた、先輩と二人並んで一緒に。
「けれど……都会から帰ってきた君はとてもじゃないが見ていられなかったよ……現実に打ちのめされて絶望していた君を見た時、胸が痛くて、張り裂けそうで。君の家族に何があったのかは知っていた……私はそんな君を救いたかった、力になりたかった、なにより私が君の側に居たいと思った。だから君をバイトに誘ったんだ、私が私の為に。告白しようと何度も思っていたけど、出来なかった……怖かったんだ君との関係が崩れる事が」
トンネルを抜け高原エリアへと足を踏み入れた。
「凄いねここは!……これを君たちは作りあげたのか」
先輩は素直に驚き、まるで少女の様にはしゃいでいた。
スゴイすごいと何度も叫びながら。
「凄いですよね!ここはベルが作りあげたんです!というか<怠惰ダンジョン>の全てをベルが作ってるんです!ベルは俺には勿体ないぐらい優秀なんです!俺の自慢の家族なんです!」
<怠惰ダンジョン>が褒められるとベルが褒められているようでとても嬉しくなる。
本当なら世界中の奴らに自慢したいぐらいだ「どうだ!俺の家族は凄いだろう!」と。
「ふふふ!そういう所だよ!だから私は君が好きなんだ」
そういって先輩は畜舎に向かって走って行った。
去り際に何か言っていたが声が小さすぎて聞き取る事が出来なかった。
「君が私の元を去るのならもう死んでも良いと思ったから私は<超常現象対策本部>に行くと決めたんだぞ……君に私を見て欲しかったから……女心をもう少し学びたまえ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます