第44話 英雄も事件が無ければただの人1


 人間というのは想定していない事が起きるとパニックに陥る事が多い。

 普段寝坊などしない人が寝坊したりするとそれほもう冷静では居られなくなってしまうだろう。

 段差に気付かず躓いたりしても一瞬何が起きたか分からず、焦りから心臓の鼓動が早まったりする。

 だが同時にどこか冷静に自分を客観的に見ている自分も居たりする。



 今の俺がそうなのかもしれない。

 まさかとは思った。

 確かに俺は酒に弱い、昨日も酒をたくさん飲んだ。

 そこまでは記憶がある。

 だが途中からの記憶が一切無い。

 朝は最悪の目覚めだった、起きた瞬間から頭が痛いので二日酔いということは理解出来た。

 そして隣に誰かが居る事にも気付いた、それも二人。

 ここまではまだ良いが、自分自身が服を着ていないという事に気付いてからはプチパニックだ。

 まず確認したのは隣に居る人が誰かという事、俺に抱き着くように寝ているのは間違いなく千尋。

 外側を向いて寝ていて俺からは顔が見えないが体の大きさから察するにもう一人は先輩。

 俺は裸で寝ていて、全員が布団を被って寝ているので全体は見えないが千尋も先輩も肩が丸見えなので恐らく上半身は服を着ていないのが確認できた。

 冷静に事態を確認している自分。

 だがどうすれば良いかが全く分からない、何故ならこんな経験が今までに無く想定もしていないから。

 けれど雄の本能がこの状態はマズイと告げている。

 酒のせいとはいえ、恐らく俺は二人と昨夜一線を超えたであろう事は状況証拠的に間違いない。


「ん……」


 冷静になりつつあった心臓が再び鼓動を早める。

 千尋が身動ぎしながら吐息を溢したのだ。

 起きたのかと思ったがまだ寝ているみたいらしい。

 

 覚悟を決める。

 もし仮に何もしていなかったとしても、同衾している時点で責任を取らなければ男としてマズイ。

 しかも二人とは口頭とはいえ婚約しているのだ。

 まずは二人を起こしてから話し合いをしよう。

 冷静なようで冷静じゃない俺が出したのはそんな普通の答えだった。



 ☆ ☆ ☆



 部屋の片隅でパンツ一枚の状態で正座しながら二人を起こす。

「おはようございます!起きてください!朝です!朝です!オハヨウゴザイマス!」

 出来る限りの大声を出した。

 英美里とベルには念話で何があっても部屋には入るなと通達済みだ。


「んん……?」

「ふぁぁ……」


 千尋は不機嫌そうな声をあげて目を覚ます。

 一方先輩は気の抜けたような声をあげて目を覚ました。


「おはようございます!申し訳ありませんでした!」

 朝からこれ以上ない程に無様な格好で土下座を婚約者二人にしていた。


「あぁ……おはよう……」

「…………おはよう」


 俺の視界には畳しか映っていない、けれど音は聞こえる。

 二人の方から何かを着るような衣擦れ音が聞こえてくる。

「申し訳ありません!記憶がありません!」

 言い訳では無く、事実を口にする。


「それで?」

 千尋が優しく返事を返してくれる。

「責任は果たします!どうか今回はお許しを!」

「責任というのはどういう事かな?」

 先輩も優しく語り掛けてくれる。

「はい!これからは良き夫となり、立派な父になれるように精進する所存であります!」

「許す!」

「そもそも怒ってないしね!」

 二人は何故か楽しそうに笑いあっているようだ。

「つきましては……」

「もう顔上げて良いよ、服着たけん」

「顔あげて良いよ!」

 二人から許可が出たので顔をあげると、布団の上に座る普段と変わらない姿をした二人が目に入った。

「つきましては、酒の入っていない状態で一人ずつ時間を頂けるとありがたいのですが……」

「その変な敬語辞めちくれん?二人とも別に気にしちょらんけん」

「そうそう!」

「じゃあ……二人ともごめん!こんな形で行為に至ってしまったことは本当に申し訳ないと思ってる。しかも二人同時に……男としての責任は果たすから!それと記憶がある状態で一人ずつしっかりと愛し合いたい。クソみたいな事を言ってるのは分かってるけど、頼む!俺が本気だって事をちゃんと伝えたいから!」


「どうする?」

「そうだねぇ、やっぱり正妻からで良いんじゃない?私は後でも良いし!」

「じゃあ今夜は私の番って事で」

 二人で何か話し合いが行われていた。


「まこちゃん!今夜、改めてよろしくね!」

「あぁ!ありがとう千尋!」


「明日は私の番ね!」

「はい!先輩!」


 なんとか丸く収まったようで良かった。

 しかしまさか俺がこんな事するとは思わなかった、自分の下半身が一番信用できないとはな。

 しかも二人同時になんて、今まで気付いて無かっただけで好色の気があるのかもな。

 今後酒には気を付けよう。





『『計画通り!』』



 ☆ ☆ ☆



 朝から事件が起きたが、今日も日課である朝のスライム狩りを終え、昼ご飯も食べたので部屋でまったりネトゲをしていた。

 ネトゲしながら今後の事を考える。


「千尋と先輩の外部ダンジョン攻略組は、ダンジョン攻略に協力して<超常現象対策本部>に情報と恩を売る。<怠惰ダンジョン>組は今まで通りダンジョンの強化で良いよな……となると心配なのはやっぱり外部組だよなぁ……いくら強くなったとしても命の危険があるのは間違いないし……なにより俺の嫁な訳だし……どうにかならんもんかねぇ……」


 やはり外部組が一番心配な所である。

 何が起こるか予想できないうえに、女性が二人では心配になるのは当然だ。

 かといって現状を解決する手段は無い。

 英美里、エルフルズ、鬼人娘衆の誰かを護衛として同行させようかとも考えたが、素性がバレた時のリスクを考えると二の足を踏んでしまう。


「こういう時はベルに相談した方が良いか……」


 一人では何も解決策を思いつかないので頼れる相棒に相談する事にした。


『ベル、今良いか?』

『はい!マスター!どうかしましたか?』


『外部組が安全にダンジョン攻略出来るような策が思いつかなくて、何か良いアイディア無いかなと思ってさ』

『なるほど!二人ともマスターのお手付きですからね!心配になってしまったんですね!』

 若干棘のある言い方をするベル。

『いや、まぁそうなんだけど……なんか無いか?』

『そんなに心配なら着いて行けばよろしいのでは?』

『それが出来ればなぁ……俺自身が<怠惰>のせいでそれは無理だろ?』

『いえ、マスター。本体では無くアバターで行けばよろしいかと』

『いやいや、アバターはダンジョン用だから無理だろ』

『マスター。ダンジョンを攻略するのでダンジョン用で良いのでは?』

 確かにダンジョンを攻略するだけならやりようはあるが、問題は<超常現象対策本部>の連中だ。

『無理だな……ダンジョンまで俺のアバターを運んで貰ったとしても<怠惰ダンジョン>から離れた場所でアバター操作が出来るとも限らないし千尋と先輩には<超常現象対策本部>に協力して貰う予定だからな……アバターとはいえ連中に俺を見られる事は避けたい』


『お言葉ですが、マスター。ベルはそもそも<超常現象対策本部>と連携する価値が無いと思いますよ。情報、戦力、どちらもアドバンテージはこちらにあります。<超常現象対策本部>とは別の勢力をこちらで築き上げて、向こうから協力を要請させるように動いた方が得策かと進言致します』


『なるほど……国の作った団体では無く民間団体を作って勢力を大きくして影響力と発言力を得られる実績を立てれば、向こうから協力を打診してくるか……イケそうだな!だとしたら必要なのは、民間人で強い影響力のある人物の後ろ盾か……心当たりはあるが、どうしたもんか……』


 心当たりはある、それも身近な人の身内に二人も。

 だがどんな顔して会えば良いのか分からない。

 出来るなら昨日のうちにこの考えに至れていればもう少し気は楽だったんだがと思わなくもないが、今日では無ければこんな考えに至る事も無かったとも思う。


『心当たりがあるのならば、ここへ招待して無理やりにでも言う事を聞くようにしますか?』

『それは絶対に駄目だな……どうにか俺のスキルを隠したまま協力してもらうのがベストなんだろうが……それもどうなんだって感じだしなぁ……』


『マスター、一体どういう方なのですか?マスターの反応から察するに、躊躇しているようですが』

 躊躇も遠慮もするさ。

 なにせ相手は義理の家族になる予定の人達だから。


『千尋と先輩の親父さんだよ』


『なるほど……お二方のお父上様ですか……マスター。頑張ってください!もはや家族と呼べる方なので<怠惰>と<怠惰ダンジョン>について説明するかどうかはマスターの判断にお任せします!それでは!私は忙しいので!失礼します!』


 念話が切られた。


「おーい……どうすんだよ、二人に手を出した後じゃ気まずいってレベルじゃねーぞぉ……いや、悪いのは俺だし責任から逃れるつもりなんか無いけどさぁ……覚悟決めて言うしかないよな、二人と結婚しますって……言いたく無くてもいつかは言わないといけない事でもあるんだ!男を見せろ俺!……とりあえず一旦嫁に相談してから決めようかな……」















「一馬おじさんに切り殺されないと良いけど……」





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