第52話 英雄も事件が無ければただの人9


 人が恥ずかしがっている様というのは時に可愛く、時に面白く映るものである。

 可愛さとはなんのか、可愛いの定義は趣味嗜好で変わるもので主観でしかないが個人的にはギャップというものに凄く惹かれてしまう。


 

 ☆ ☆ ☆


 <怠惰>というスキルは知れば知るほど異常なスキルであると感じている。


 スキルの効果範囲に入りさえすればどんなスキルも意味を為さない。

 それはこの変わった世界では思わぬ副産物を齎してくれたていた。

 世界が変わる前の人達はスキルなんて無かったから、その人の素の力として交渉術や会話術なんかも使えていた。

 だけどスキルなんてものが生まれてしまったが為に、交渉が得意な人には交渉術というスキルが、話術や詐術が得意な人には話術や詐術というスキルが与えられてしまった。

 本来はスキルの効果で強化されるだけのその培った技術が<怠惰の居城>の効果範囲に入るだけでマイナスになってしまう。

 本来発揮される技術が効果を為さなくなるという事は、同様のスキルを持つ人にはどうしても劣ってしまう。

 得意な物が得意では無くなる。

 それだけでこちら側は有利な状況を簡単に作れてしまう。




 今回の<冒険者協会>設立には外部での協力者が必須だった、だから最低限信頼出来る人で力を持つ人の協力者として候補に挙がったのが千尋の父である<佐々木一馬>と純の父である<大海博信>なのだ。


 千尋の両親とは幼いころから面識もあり、親同士が

とても仲が良かった事もあってか協力を確約してもらう事が出来た。

 だがこれから来る<大海博信>とは面識も無ければ娘を正妻としてでは無く、妾として迎え入れるという事もあり、交渉は難航する可能性もある。

 けれど嫁の父親であるとかを無視して何の配慮も無く何でもありの状態であればコチラ側が圧倒的有利なのだから。


 純の両親が<怠惰の居城>の範囲内に入ってしまえばあちら側に勝ち目は無いといっても過言では無い。

 今回と今後の為に千尋には予め<交渉術>というスキルをベルに付与して貰っているのでこちらの勝率は相手を居城の効果範囲内に入れた時点でかなり上がると予想している。


 例のあの声は言った、そのものの行ってきた行動にある程度基づいてスキルや加護を与えたと。

 この事からも<大海博信>はとても優秀な人であるのは間違いない、現に交渉術と経営術というスキルを所持しているのだから。



 ☆ ☆ ☆



 居間で千尋の帰りを待ちながら気分を落ち着かせる。

 思っていたよりも緊張していたのだろう疲労感から来る眠気も襲ってきているが、このタイミングで眠る訳にはいかない。


「大海博信さんと末永朋美さんか……」


 本来ならこちらから出向くのが筋というものではあるのだが、今回はこちらの都合で我が家へと招待している、この時点で心象は悪いと思う。


「こういう時ってなんて呼ぶのが正解なんだろう……お義父様、お義母様?……なんか違う気がするんだよなぁ」

 こういう場合の呼び方というのは難しい。

 こういう些細かもしれない事で相手方の心象が悪くなるのは出来る事なら避けたいものだ。


「マスター!無難に名前で呼ぶのはどうですか?相手方も多少複雑な関係ですし」


「そうだなぁ……最初に名前で呼んで、相手方の反応見て不快そうなら変えるでも良いかもな。まぁ出たとこ勝負だな」


 眠気と戦いながら、話をどういう展開に持っていくかを軽くシミュレーションしながら過ごしていると高性能になった俺の聴覚が車の走る音を感じ取った。


「千尋が帰ってきたな」


 車の音は段々と我が家に近づき、家の前で止まった。


「ただいまぁ」

 玄関から千尋の声が聞こえてきた。

「おかえりぃ」


 両親を送っていた千尋が帰ってきた。

 居間へと入ってきた千尋は何か黒い箱型の包みを抱えていた。


「ふぅ……純先輩から連絡あった?」

 春も半ばとはいえ外は少し肌寒いようで、長袖のカーディガンを着ていた千尋が上着を脱ぎながら聞いてくる。


「いや、まだ来てないよ。それよりその抱えてるの何?お菓子?」


「あぁこれか……うちの親が純先輩の両親に会うって言ったらくれたんだよ。銘菓ザビエル」


 銘菓ザビエル。

 ペリーの黒船でもイメージしているのか黒い包に覆われており高級感のあるパッケージである。

 ペリーとザビエルでは生きた時代も違うし彼らに直接的な関係は全くないので恐らく高級感を演出する為の黒いパッケージなのだと思うけど、外人、偉人、黒、だと真っ先に黒船をイメージしてしまうのは仕方無い事だと思う。


「ザビエルってそんな黒いパッケージだったのか……地元の銘菓って地元民って食べる機会あんまりないよな」


 銘菓というだけあって元々はお土産品だからなのか、中々強気な値段設定なので地元に住んでいる一般庶民には余計、口にする機会は少ない。


「そう?私はお茶菓子といえばザビエルのイメージがあるけど」

「……まぁ千尋ん家じゃそうかもな、少なくとも一般庶民の家にはそんな高価なものは何故か同じ地元民から貰うお土産でしか食べる機会が無いな」


 何故同じ地元の人に地元の銘菓のお土産を買うのだろうか甚だ疑問だ。

 どうせお菓子を貰うなら、同じ値段分の庶民向けのお菓子を貰った方が嬉しいのだが。


「一般庶民……私も一般庶民なんだが?」


「それは無理があるぞ、実家が道場で不動産もやってる家は一般庶民には含まれません」


 実際千尋の実家は名家の名に恥じない豪邸と呼んでも差し支えない家であるし、その影響力も地元ではかなりのものだ。


「……学生の時もお小遣いは貰えなかったぞ?」


 庶民じゃないと言われるのに不満があるのか若干拗ねたように反論する我が嫁、普段とは違う子供っぽい我が嫁。


「それはお小遣いが貰えなくても困らないぐらいお年玉貰ってたからでしょ?ちなみに中学の時のお年玉とかってどれくらい貰ってた?」


 子供のころのお年玉は一般庶民であれば多くても10万前後、平均すれば3万円も貰えれば良い方だろうと思う。

 俺も学生の頃には一馬さんと雅さんの両名からお年玉を毎年貰っていたがその額は合わせて10万だったと記憶している。

 残念ながら我が家では親に半分徴収されるシステムだったがあのお年玉はきっとお返しで消えていたんだろうな。


「ん」


 言葉を発さずに指を一本立てる千尋。


「それは10万?100万?」

 間違いなく後者だと思う。

「100万……」


「庶民はお年玉だけで100万も貰えません。100万って下手すりゃパートのお母さんの年収だからな?」


「ソウデスネ……」


 庶民には庶民の、金持ちには金持ちの悩みというのがあるのだろう。

 特に学生時代に家の事で色々言われれば言われた本人は悩むこともあったのだろうと思う。


 少し言い過ぎた自覚はある、正論がいつも正しいとは限らないのだ。

 普段なら口にしない事も気心の知れた可愛い嫁相手だと思わず言ってしまう事もある、親しき中にも礼儀あり。この言葉の意味を改めて考えさせられた。


「ごめん、言い過ぎた……俺と結婚したから千尋も庶民で間違い無いし、言わなくても良い事まで言ってしまった。本当にごめん」


「頭を上げろ……別に怒ってる訳でも無いし、謝る程の事じゃ無い。たぶん色々な事があって疲れてるだけだよ、純先輩から連絡が来るまで少し休んだ方が良い。ほら、膝枕でもしてやろう」 

 

 久々に感じる過度なストレスで精神が不安定になっているのかも知れない。

 甘やかされてるとは思いつつも、膝枕の魅力には抗えない。


「ありがとう……」


 

 ☆ ☆ ☆



 何時の間にか寝ていたのか、ふと目が覚めたことに気が付いた。

 目を開ければ千尋の顔が目に入った。

 長い睫毛に切れ長で冷たさを感じさせる瞳。

 綺麗な鼻筋に小さな鼻。

 見慣れていた筈の顔。

 妹と母を除けば一番長い時間を過ごしたであろう女。

 俺達が結婚したと言えば羨ましがり、悔しがる同級生も多いだろう。


「おはよう。純先輩から連絡があったぞ、もうすぐ実家を出るらしいから、顔でも洗ってこい」


「あぁ、ありがとう……」


 居間を出て、洗面所で顔を洗う。

 もうすぐ純が帰ってくる。

 変わった世界を救う英雄を作為的に作り出す為に自分の嫁をある種犠牲にしている俺は他人から見るとどう映るのだろうか。



 居間に戻ると純から連絡が来た。


『おはよう!千尋ちゃんの膝枕はどうだった?さっき実家出たから準備しといてね!じゃあまたね!愛してるぞ!』


『りょーかい、俺も愛してるよ』
















 決戦は近い。

 ここが正念場になるのは間違いない。

 英雄は何も無ければ誕生しない。

 世の中に必要だから英雄というものが誕生するのだ。

「英雄になりたかった俺が英雄を作るって……不思議な気分だな」





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