第105話 夢を追うもの笑うもの32


 いつものように夕飯を済ませて部屋へと戻る。


 昨日の報告会では千尋と話して居ないので今日は少しぐらいは話をしたいなと思いながら、報告会前の隙間時間に軽く情報収集を行う。


 気になるのはやはり、千尋関連の事だ。


 千尋に関する世間の注目度は日を追うごとに増しており、最近ではお昼の情報番組でも良く取り上げられている。


 マスコミが侮蔑の意味を込めてマスゴミと揶揄され出して久しくない今日この頃、今日の夕飯時に放送していた全国放送のテレビ局では千尋の過去の伝説特集と題して千尋の特番が放送されていた。


 千尋のスタンスとしては直接番組に出たりとかは基本しないが、自分の過去の情報や映像は勝手に使ってくれても構わないというものなので結構なテレビ番組が千尋について取り上げている。


 そして今日の特番は実に不愉快極まり無い内容だった。


 千尋が学生時代から築き上げた数々の偉業や伝説の紹介までは良かったのだが、千尋が赴任していた高校の女子剣道部の話題は本当に酷かった。


 確かに千尋は厳しい指導が一時期、問題視された事もあったし実際に部の顧問から副顧問に降格処分されそうになっていたという話しは聞いていた。


 けれどそれが全てでは無い。


 特番ではプレイヤーとしては凄くても教師としては向いていないだとか、体罰も加えていたんじゃないかとか、色々とある事無い事をコメンテーター気取りの漫画家や政治家崩れの連中が喚きたてていて俺は腸が煮えくり返りそうだった。


 それでも番組を最後まで視聴したのは一人のお笑い芸人の存在が大きかったのかもしれない。


 色々な立場や職業の人達がテレビ番組の中で好き勝手に千尋の事を罵倒したり悪評を広めようとしたりしている中で、お笑い芸人のツービーツのタカシという人だけは千尋の事を高く評価し賛美していた。


 彼の事は世間の大多数が知っているし、特番のメインの顔役でもある。


 そんな人が千尋を擁護し、褒め称えてくれていたのだ小さい頃からテレビで見ていた人が俺の身内を称賛してくれたのだから、嬉しくない訳が無い。


 千尋の行った世界的偉業や功績を考えればノーベル賞すら受賞出来るとまで言ってくれた。


 千尋の教師時代の事も結果だけを見て、事実かどうかも分からない事をあたかも事実の様に語るのは良くないと場が荒れない程度には擁護してくれていた。


 彼が本心で千尋という英雄の事を褒めていたのかは俺には分からないが、テレビ番組の中で真っ直ぐに千尋を評価してくれたのは本当にありがたかった。


 そんな番組が放送された直後のネットでの反響はどんなものかを見ているのだが、大半の人は千尋擁護派や肯定派だ。


 中には特番で千尋を非難していた奴ら同様の人も居るが、圧倒的に少数派だと思われる。


「千尋の人気も極まってきたって事かな……」


 人気や知名度が増せばそれだけアンチと呼ばれる人も増える。


 別に千尋は人気者になりたいと思っている訳でも無いので特に気にしては居ないようだが、影響力や発言力が俺達には必要な事も分かっている。


 今は紛れも無く国家存亡の危機であるにも関わらず、未だに自分自身は安全圏に居ると勘違いしている人は多い。


 日本よりも大国である中国やアメリカでさえも成し遂げていない偉業を成したにも関わらず、未だに千尋の過去の事を掘り下げてあたかも性格破綻者のように仕立て上げようとするマスゴミの連中。


 そんな奴らにも声を届ける為に千尋は矢面に立ってくれている。


 そんな千尋による世界初のダンジョン攻略の話題は国内だけに留まらず、海外でも千尋はとても注目されている。


「タイ、フィリピン、ベトナム、インド、マレーシア、インドネシアでも民間団体が設立、日本の冒険者協会に協力要請……そんなの聞いてないけど、どうなんだろ?まぁ純に聞けば分かるか」


 世界各国であらゆる動きが起き始めている、これは少なからず千尋の影響もあるのだろう。


 ダンジョンという存在が世界に齎した影響はとても大きい。


 日本はテロや暴動も殆ど無く、平和な日常に戻りつつある。


 けれどダンジョンは成長し、モンスターを生み出し続ける。


 今はまだダンジョン自体が育っていないのでモンスターはダンジョン外には殆ど現れないが、ベル曰く半年後には成長したダンジョンが侵攻を開始する。


 この半年という長いようで短い期間に人類はダンジョンに対抗出来るだけの力を蓄えるか、ダンジョンが育つ前に攻略していくしか無い。


 そして俺達は後者を選んだのだ、ダンジョンと人類が共存出来る未来の為に。



 ☆ ☆ ☆



『まこちゃん、起きてるか?』


『ういーす!起きてるぞ!昨日は色々あったみたいだな、お疲れ様千尋。もう大丈夫なのか?』


『……純に聞いたとは思うが、昨日は少しやり過ぎて反省していたんだがな、今日は大丈夫だ。PCH側からも謝罪されたが、私も謝罪はしておいたから問題にはならない筈だ』


『大人になったねぇ千尋も……昔の千尋なら謝ったりしなかっただろうに』


『そんなことは無いだろう!昔も今も私は変わらないよ、意地っ張りで前に進む事しか出来ない……』


『それが千尋の良い所だからな!千尋は誰よりも真っすぐで、誰よりも努力家だよ。何かに躓いたり転ぶことはあっても必ず立ち上がって、また前進する!凄い奴だよ!お前は!』


『イチャついてる所申し訳ないんだけどね、とりあえず今日の報告をしたいんだけど良いかい?』


『すまんな、昨日はまこちゃんと会話すらしてなかったからな』


『……とりあえず報告を聞こうか』


『じゃあ、冒険者協会の方からいくよ!』


 冒険者協会の子らは順調にレベルを上げているようで、昨日の一件も手伝ってか剣術なんかの鍛錬にも熱が入っているみたいだ。


 特に藤堂の熱の入り方は少し心配になる程らしいので、彼の今後には期待せざるを得ない。



『PCHは……昨日の事が効いてるみたいで今日はとっても静かだったけど、ちょっと不気味な感じだね!レベリングは順調そのものだけどね!流石は加護持ちって感じだね!』

 

 PCH組は昨日の一件で少し懲りたようで多少は大人しくはなったみたいでなによりだ。


『実際どうなんだ、ダンジョンは攻略出来る程度には強くなったのか?』


『どうだろうか……湯布院ダンジョン程度の規模ならば可能かもしれないな。多少の被害は被る前提であればだが』


『うーん……ゴブリンを含めたモンスターを殺す覚悟があるかどうかも関係してくるだろうね!』


 生き物の命を奪うという事は存外、精神的にダメージを負う。


 俺達が初めてゴブリンを殺した時はゴブリン程度にはよっぽど事が無ければ後れを取るような事が無いぐらい戦力差があったので、心にも余裕があったので何とかなった気はする。


 だが、新人の子らにはまだ酷かもしれない。


 ゴブリンに確実に勝てる保証も無ければ、ダンジョンという未知に挑むのだから精神的な負担は計り知れないものがある。


『まぁ!こっちは今の所順調って感じだね!後三日もすれば私達の監督の元でダンジョン攻略に出ても良いかもね!』


『そうだな、一度ダンジョン攻略をしてしまえば自信もつくだろうからな』


『まぁ、駄目そうなら千尋と純で何とかしてあげれば良いしな。でもそうなったら、俺はどうしようかな……何とか俺もダンジョン攻略に着いて行きたいけど、流石に無理そうだよな』


『まこちゃんはお留守番だ』


『お留守番しながら嫁の仕事ぶりに惚れ直すと良いよ!』


『そうするよ……じゃあ俺からの報告だな!俺からは新人の子らにプレゼントがあるのと、純に質問なんだが海外の民間団体から冒険者協会に協力要請が来てるって本当か?』


『プレゼントとはなんだ?』


『怠惰ダンジョンの素晴らしい研究者が作りあげた!魔法銃です!ちなみに俺も一丁貰ったぞ!』


『ほぅ……魔法銃か。それは良いかもな……新人の中には剣術にはあまり向いていない子も居るのでな』


『それは良かった!この後、暴食ダンジョンのコアルームに行くからそこに置いておくよ!わからなかったら、ルゼにでも聞いてくれ!』


『分かった』


『じゃあ次は私が質問に答えるね!』


『頼む』


『結論から言えば、イエス!協力要請は何か、色々な所から来てるけど大体は無視してるよ!でも海外の何個かの団体からは千尋ちゃんを派遣してくれとかじゃなくて、日本に行くので千尋ちゃんに色々教えを乞いたいっていう内容だったから悩んでるんだよねぇ……どうしようか?』


























『こっちに来るんだったら受けても良いんじゃないか?よっぽどの奴が来たとしたら追い返せば良いだけだしな』


『私も同意見だな。やはり国を守るのは自国の者の方が良いだろう』


『じゃあ受けるって事で良いかい?』


『『あぁ』』


 海外からも千尋の指導を受ける者が増えるのは良い事だ、成長した人達が国に戻りダンジョンを攻略して後進を育てる事が出来るようになる。


『じゃあ!慎ちゃんにもその旨を伝えてくるから!また明日!おやすみ!』


『私ももう寝るよ、おやすみまこちゃん』


『おやすみ』


 念話が終わり本日の報告会も終了した。


 俺は暴食ダンジョンへ向かう準備をしながら、ふと疑問に思う。


「……慎ちゃんって誰だ?」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る