第61話 英雄も事件が無ければただの人18


 自室に集まったエルフルズの面々。

 これから長らくの間保留していたリーダーの名付けを行う。自分なりに一生懸命に考えたのだが、やはり名付けというのは緊張する。

 彼女の今後の一生を左右するであろう名前を俺が付けるのだ。

 その重圧に圧し潰されそうになる。

 世の中には一部の例外を除けば全ての人には固有の名前が存在する、それは個人を表す記号でしか無いのかもしれない。

 だけど決して軽はずみに付けて良いものではないと俺は思う。

 名前は一度決まればそう簡単に変えられるものでも無い。

 名前自体が原初の呪であるとも言われている、名前を付ければ縛りを与えるという事になるらしい。

 名は体を表すとはよく言ったもので、人というのは名前に引っ張られるという事があるのだ。名前の意味を知り、理解する事で名付けられた人の意志を継いで人が名前に近付いていく。

 意識的にそうするものも居れば、無意識的にそうなる人も居るだろう。

 その人をその人たらしめる要因の一つになるのが名前なのだ。だからこそ名付けというのは重いのだ。


「リーダー!今から名付けをする。名前が嫌な時や気に入らない時は言ってくれて構わないからな。それとふうちゃん、つっちー、ひかりん、すまん!事情はリーダーから聞いてるとは思うが、別にお前達の事が大切じゃないとかでは無いから今回は我慢してくれ!すまん!」

「問題無いです!リーダーは最優先されて当たり前です!」

「……です」

「そうですよ。リーダーはエルフ代表ですから」


「ありがとう!という事で……心の準備は良いか?」


 正直な所、リーダーを優遇しているのは否定しない。序列というものが明確になった今それは仕方のない事だと思う。だからと言って未だに名付けが残されている皆が大切じゃない訳では無い。皆、俺の大事な家族だ。


「はい!」


 リーダーが期待の眼差しで俺を見る。

 緊張と重圧で意識が遠くなる。

 美人に対する耐性はここ数日でかなり上がり、英美里に対してあれ程吃っていた数日前とは違い今は吃る事も無くなったが、やはり名付けのプレッシャーというのは慣れれるものではないらしい。


「今から君の名前は……<美帆>だ。俺から一字取って、美しいという字を入れさせて貰った。美帆はリーダーシップを発揮してエルフルズの先頭を進んで欲しい。皆を引っ張って行く存在になって欲しい。そういう意味と俺の想いを持って付けさせて貰った……ど、どうですかね……?」


 リーダー改め<美帆>の姿を見つめる。

 俺の話を聞きながら目を閉じる姿を見て、不安になる。トップとして威厳を持って最後まで行こうとしたのだが、無理だった。


「美帆……私は美帆!ありがとう……ございます……」


 自分の名前を刻み込むように呟く美帆。

 心なしか名付け前よりも凛々しく、美しくなった美帆に見惚れそうになる。嫁に知られれば怒られかねないが今回ばかりは許して欲しい。


「待たせて悪かったな……」


「いいえ!私は……美帆は!今とても幸せです!」


 満面の笑みとはこの顔の事を言うのかもしれない。


 笑いながら涙を流す美帆の姿を俺は一生忘れる事はないだろう。人が満面の笑みで流す涙は美しく、美帆には涙が良く似合っていたから。


「名前に負けぬように精一杯がんばります!」


「喜んでくれてるようで何よりだけど、頑張り過ぎないようにな。それにしても俺も悩んだ甲斐があったという事だな、さてと……ベルに連絡して今日はちょっとしたお祝いでもしようか!美帆の名付けと千尋のダンジョン攻略を祝ってさ!皆で美味しい物を沢山食べようぜ!」


「「「「ありがとうございます!」」」」


 エルフを束ねる長である、美帆。

 彼女は誰よりも前に出て先頭を切る事が出来る存在だ。

 美帆でなければエルフを纏めるのは難しい。

 今後も美帆には色々と頼る事も多いだろう、けれど持ち前の度胸と包容力でどんな事にも対応してくれる筈だ。

 


「ベル様には私から直接出向いて説明しておきます!それでは!失礼致しました!」

「「「致しました!」」」



 ☆ ☆ ☆



 部屋から俺以外が居なくなった。

 名前を受け入れてくれた美帆はエルフルズに祝福されながら、ベルの元へと向かって行った。

 やはり産みの親であるベルには直接会って伝えたいのだろう。


「ふぅ……良かった気に入ってくれて」


 美帆の名前に関しては色々な候補はあったが、俺が重要視したのは意味と俺の想いだ。

 美しいという字はどうしても入れたかったので受け入れてくれた時は心底ほっとした。

 寿命問題の事もあるので、リーダーには俺の意志や想いを継承して貰いたかったのだ。

 ベルに聞いた話では普通の人間である俺、千尋、純が一番寿命が短く、次いで鬼人種である番長率いる鬼人組、そして大きく離れてエルフルズ、そもそも寿命という概念の無いメイドラキュラの英美里、本人にも不明なベル。


 鬼人組でさえも人の10倍は生きるという。なのでこの先何事も無く平和に暮らして行けるのであれば、俺達人間組が真っ先に死ぬのは確定している。

 そうなった時に俺の<怠惰>というスキルによる縛りが無くなった状態で残された彼女らがどのような事をするかは分からないし、俺が制限する事では無いのかもしれないが、なるべくなら平穏な暮らしをさせてあげたいというのが俺の想いで、願いだ。

 争いを好まず、諍いを起こさず、平穏無事に暮らせる事を俺は願っている。

 寿命という大きくも些細な問題で共に歩み続ける事が出来ない俺にはこんな事しかできないのが少しだけ寂しいけれど、彼女らを産み出した責任だけは果たしたい。

 

「未来はどうなるんだろうなぁ……エルフも鬼人も悪魔も……色んな種族が仲良くしていると嬉しいなぁ……」


 元々この地球という星には存在しなかった存在を俺の身勝手で産み出した事に後悔は無い。

 けれどどうしても考えてしまうのだ、世界は美しくても人の心は醜さも持っているから。

 虐め、虐待、迫害、戦争、紛争、悪意だけじゃなく善意からもこれらは起こりうる。人は自分とは違うモノに怯え、恐怖し、それらを排除したがる生き物だから。



「平和が一番!ニート最高!」





『マスター!今日のパーティの件ですが場所はどこが良いですかね?』


 一人物思いに耽っているとベルから念話が入った。


『俺ん家で』


『はい、マスター!では鬼人組と英美里に伝えて料理の準備をさせますね!』


『りょーかい。俺は疲れたから、昼寝でもしとくから』


『はいマスター!それでは!』


「寝よう……」

 布団に潜り込み昼寝を開始する。

 今日は疲れた。

























「……っ!」

 何かを感じて目を覚ます。

 目の前にはリーダーの顔。

 まるでキスでもしようとしていたと勘違いしてしまう程の至近距離。

「……おはよう」

「っ!……おはようございます!」

 高鳴る心臓の鼓動はどんな意味を持っているのだろうか。






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