ハードボイルド、夢のあと

 朝になっていた。

 俺を起こしたのは、隣に裸のままで寝転ぶ彰子……ではなく、普通に立って俺の肩を揺する髭面のマスターだった。

「お兄さんお兄さん。店、閉めますよ。朝ですよ」

「う……うが……」

 俺は店のボックス席のベンチシートにひっくり返っていた。

「ハッ!?」

 我に返った俺は、慌てて体を起こした。

「うがッ!」

 途端に激しい頭痛が哀れな俺に襲いかかった。俺は即座に悟った。酒を飲み過ぎたのだと。潰れてひっくり返って寝てたのだと。

「はい、水。どうぞ」

「すまない……」

 マスターの気遣いが心にしみた。

「それ飲んだらさっさと帰って下さいね」

「彰子は……彰子はどうした?」

「お兄さんが潰れてからも、しばらくは店にいましたけどね。さっぱり起きないもんだから、帰っちゃいましたよ。」

「俺はそんなに飲んだのか……頭が痛い」

「初めのブルームーンだけですよ」

「そうか……」

 こんな潰れちまうのは、いつ以来だろうか……一週間ぶりか。

「とんだ醜態を晒してしまった」

「ガーガー寝てただけですよ」

「そうだ、お会計は!?」

「彰子ちゃんが払っていきましたよ。可哀相だからって。優しい子ですよ、まったく」

 しまった。なんてこった。女に借りを作ってしまうとは。ハードボイルド探偵の風上にも置けない。後でじっくり反省しよう。

 と、テーブルに置かれたコップの水をいただこうとして、そこで初めて気がついた。見覚えのある柄のストールが、俺の胸に掛けられていた。

「これは……」

「優しい子ですよ、まったく」

 間違いなく、彰子の巻いていたものだ。彼女の優しさがハートにしみた。

 しげしげとその思い出深い柄を見つめていると、何かがはらりと床に落ちた。拾い上げてみるとそれは、一枚のメッセージカードだった。

『探偵さん、楽しいをありがと!

 お酒飲めないんなら、先に言ってよね!

 わかった? またね! 彰子』

 ひと目でそれとわかる、彰子からの愛のメッセージだった。崩していたが、知性を感じる端正な字体だった。名前の横には、真っ赤なキスマークが添えられていた。

 酒が飲めないんじゃない、ただちょっと弱いだけだ、とカードの文言に反論しつつ、懐にしまった。後生大事にとっておくつもりだ。

 そして俺は、彰子のストールを抱くようにしてその中に顔をうずめ、肺一杯に息を吸い込んだ。毛糸洗いに自信が持てそうな香りがした。






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