ボディガード、ピンチです

 いつもなら、探偵だフォンで由紀奈と喋りながら潜入してるはずが、今回は俺ひとりで黙々と狩っている。気合いの発声を控えているのは、勘づかれないうちに数を減らしておきたいという気持ちの現れだ。ここまですこぶる順調だ。殴ってみたら、思ったよりも雑魚ぞろいだった、というのもある。二分とかからず四匹倒した。

 だが、ここからが勝負だ。今から、正面切って事務所に乗り込む。俺の存在が、もうバレてるか、まだバレてないか。どっちだ。

 俺は考えを巡らせた。安易に壁やドアに耳を寄せて中の様子を伺うのは、曲者くせものよろしく槍で突かれる恐れがある。普通にドアを開けてこんにちはするのは、普通に殴って下さいと言ってるようなもんだ。二対一の構図になることは目に見えている。

 ならどうするか。俺はできる限り身を低くし、頭を下げ、腕だけを伸ばして、ドアノブをそっと静かに回した。これだ。

 槍のリスクは回避できるし、殴りかかってこようとするなら、その的が見当たらずに面食らうだろう。その出かたを見て、こっちから攻勢をかけられる。バレてなかったらバレてなかったで、意表を突くことができる。かんぺきじゃん。

 ドアノブを回し切ったところで押してみたが、逆だった。こっち側に開くドアだった。顔を上げて様子を伺うが、人が待ち構えてたり飛び出してくるような気配は無かった。俺はそのままドアをスッと開け、堂々と立って中へ入った。バレてなかった。なんだ、結局ただの取り越し苦労だったな。

「淳ちゃん!」

 名前を呼ばれた。やっと聴けたその声。良かった。由紀奈だ。無事だった。見ると、両腕を背中で縛られて、硬そうなベンチソファに座らされていた。

「待たせたな、由紀奈」

「何だ貴様!」

「どっから入ってきやがった!」

 由紀奈のそばに座っていたミスターホワイトとミスターオレンジが、芸人よろしくテンプレなセリフを吐いて立ち上がった。

「何も気づいてないんだな。お前らのお仲間をブチのめしながら上がってきたんだが。四人倒したぞ。あとはお前ら二人だけでいいのか?」

「な、なんだって?」

「いつの間にィ!?」

「そーだよ淳ちゃん、こいつら全部で六人だった」

「そうか。よし、じゃあお前ら選べ。俺に殴られるか、大人しく降参するかだ」

 降参しても俺は殴るけどな。俺の由紀奈に手を出した罰だ。

「野郎ォ!」

「ふざけた格好しやがって!」

 どう見ても、ロールズとは不釣り合いなただのチンピラだ。つまり、雇われだ。雇い主は他にいる。

「お前らこそ、ふざけた真似をしやがって、だ。そもそも、ターゲットを間違えてる。そいつは由紀奈だ。はしかみ優希絵じゃあない。唄野由紀奈だ」

 衝撃の事実を告げながら、俺は悠然と間を詰める。

「何ィ!?」

「な、なんだって?」

「だからずーっと言ってんじゃん。人違いだぞー、って。ばかじゃん」

「どうして間違えたんだろうな。まあ優希絵と由紀奈じゃ紛らわしいか」

「あたし名乗りながら歩かねーし」

「顔も髪型も違うしな。じゃあ何だ」

 ホワイトとオレンジを交互に睨みつけながら訊いた。

「美術部だって聞いてたから……」

「スケッチブック持ってたし……それと、体型が……」

「貧乳か」

「おい」

「そうだ、貧乳だって話だった……」

「だから俺たち間違えた……」

「淳ちゃん、こいつらぼっこぼこにしていーよ」

「よしわかった」

「淳ちゃんも後でお仕置きな」

「まじですか」

「くっ、この野郎!」

「ふざけてんじゃねえ!」

 来たぞ、二人同時に殴りかかってきやがった。しかし、いかんせん動きにキレが無い。コクも無い。つまり、芯が無い。

「んがっ」

 俺から見て右手側、ミスターオレンジの右パンチを左へかわし、その流れで左拳を左手側のミスターホワイトへカウンターで決めた。鼻の潰れる感触がした。不快だ。

「おごっ」

 すかさず、ガラ空きのオレンジの脇腹へ前蹴りを入れた。一瞬で両氏とも吹っ飛んだ。話にならんな。どっちも浅く入れたくらいでこのザマだ。まあいい。さっさと決めるか――

「んの野郎! 動くな!」

 ホワイトだ。どこから出したか、刀身の厚いサバイバルナイフを手にしていた。左手で由紀奈の後ろ襟を掴んで無理やり立たせ、そして――

「動いたらわかるな? 動くなよ……」

 由紀奈の小ぶりで尖った顎先にナイフを突きつけ……この野郎! この腐れ外道! ふざけるな! たちまち、由紀奈の顔が恐怖に引きつった。あの由紀奈が、声も上げられないでいた。ああ、そんな顔をさせやがって。ああ、そんな顔を俺に見させやがって。俺の怒りは、俺自身今まで経験したことの無いレベルまで急激に達した。ミスターホワイト、お前がこのクソの集まりの頭らしいな。最年長か。若ハゲめ。そのクソったれ人生、今、ここ、この場で終わりにしてやる。

 だが俺は動けない。これで由紀奈が少しでも傷ついたら、俺の魂が死ぬ。

「ぅおらあっ!」

 起き上がったオレンジが殴りかかってきた。肩を掴まれ、引かれ、顔に打撃を食らう。腹に膝を入れられる。

「何とか言ってみやがれェ!」

 俺は動けない。しかし、絶対に倒れはしない。耐えるしかない。絶対に負けはしない。クソったれホワイトを睨みつける。鬼も逃げ出す目をしてただろう。ああ、畜生が。畜生め。ホワイトは左肘で由紀奈の首を抱えるようにして、後ずさっていった。後ろの壁にドアがあった。

「開けろ!」

 ホワイトの畜生が由紀奈に言った。縛られたままの手で、身をよじりながら、可哀想な由紀奈はノブを回した。ドアは奥側へ開いた。ナイフを突きつけたまま、ホワイトは由紀奈を引きずるようにしてその影に消えた。

 ああ、畜生、畜生が。鉄骨階段に響く乱れた足音が、一階へと降りていくのを聞いた。俺はオレンジの打撃を食らいながら、ただ、耐え、立ち続けた。






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