ボディガードと皆勤賞

 その夜も俺は走りに行ったが、幹彦は来なかった。風邪でも引いたか。む、無断欠勤は良くないんだな。そういえば、お互い連絡先を知らない。あっちはウチの事務所の電話番号くらいはすぐ調べられるだろうが、俺からあいつに連絡を取る手段は無い。それにまだ中学生だ、スマホには早すぎる。俺は『イプセン』のドアを開けた。

「あら淳ちゃん。今日は何?」

「ああ間違えた。明日、朝早いんだった。すまん、帰る」

「帰るったってこのすぐ上階うえじゃないの」

 我がハードボイルド探偵事務所の入っているテナントビルの地下一階が『イプセン』だ。そして一階は松屋とクリーニング屋で、二階がウチだ。これだけでだいたい全てが完結する。

「――ま、その様子だと今日も何も無かったみたいね。平和でなにより」

「そうだな」

「何にするの?」

「……烏龍茶を」

「つまんないの」

「明日早いんだって」



 翌日。別件で潜入調査のあった俺は、早起き(九時)して身支度をととのえ、水色カブにリュックを背負って飛び立った。つまり、馴染みの水色ツナギコーデだ。ひと仕事終え、松屋も済ませ、野方女学院ノガジョへそのまま直行した。カブは、ロータリーの邪魔にならない隅っこに停めさせてもらった。美術室の窓が、教室棟の向こうに見えた。まだ放課には時間があった。かといって、俺には他にすることなど何も無い。美術室へ向かった。

 やはり、まだ誰もいなかった。ジジイすら、準備室にもいなかった。なので仕方なしに、窓から俺のカブを眺めてみた。俺と同じく気が早かったのか、迎えの高級車が数台、ロータリーに停車していた。白、黒、グレー……いや、シルバーか。この学校では、そんな無彩色の車ばかり見ている気がする。俺はもっと派手なのが好みだ。冬の曇り空の下では、いかな高級車でも沈んで見えた。水色カブは逆に浮いていた。

「ごきげんよう! 何でも屋さん!」

 優希絵が現れた。

「ああ、ごきげんよう。一番乗りか、偉いな」

「当然ですわ! と申したいところですが、いいえ、違いますわ! 今日の一番乗りは何でも屋さんではありませんの!」

「そうだな、悪いことをした」

「あら、どうして謝りますの? つくづく面白いお方でいらっしゃいますわ!」

 つくづく、場の空気を一気に変えるパワーがある。曇り空でも太陽だ。

「本日もよろしくお願いいたしますわ!」

「こちらこそ。俺もな、昨日よりももっとうまくやれる気がしてるんだ」

「もっとだなんて、何でも屋さんは十分、務まっておいでですわ!」

「そうかい」

「ええ!」

「そう言ってもらえるとは、俺も正直ありがたい……だが、もっとだ」

「頼もしいですわ!」

「そうかい」

「ええ!」

「えー、おっほん!」

 俺と優希絵の背後から、わざとらしい咳払いが割り込んできた。

「由紀奈か」

「あたしだ」

 由紀奈だ。

「唄野さん、ごきげんよう!」

「ごきげんよー」

「幽霊部員だったのが、今ではすっかり皆勤賞ですわね!」

「まーね」

「皆勤賞の意味とは」

「えらいのだー」

「絵もうまくなればいいな」

「うるせーうるせー」

「唄野さんの絵はとても独創的でいらっしゃいます! わたくし、大好きですのよ? あれは誰にも真似できませんわ!」

「うるせーうるせー」

 そうしてるうちに他の部員も集まり、俺の三日目の仕事が始まった。

 事件が起きたのは、そのすぐ後のことだった。






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