ボディガード、肌寒い
幹彦、は、それまで見たことのない険しい表情をしていた。が、暗い目をしていた。光が失せていた。
「いったい何だってんだ――」
返事を求めてはいない。独り言だ。彼女には、どうせひと口には言い表しきれない理由がある。何だっていい。言える事はただひとつ、今は、俺はこいつを
「……立てるか?」
俺は手を差し出してやった。
が、横から棒みたいな何かで弾かれた。
「ギャーッ! 変態! 変態です!」
「この不審者! 変態! ギャーーッ!」
俺はいつの間にか、ほうきやらホッケーのスティックやらラクロスのラケットやらを手にしたジャリガキどもに包囲されていた。まるで汚いものにでも触れるように、正視を避けつつ俺を睨み、それぞれの得物を突き出してくる。正直、これにはかなり傷ついた。
「何でも屋さん!」
ふいに頭上から声がした。
「――と、お弟子さん!? じゃありませんの!」
見ると、美術室の窓から身を乗り出さんばかりの体勢の優希絵がいた。
「優希絵! こいつらに何とか言ってくれ! 俺は違うと!」
「え、ええ! そうですわ! 任せてくださいまし!」
ハードボイルドが女に手を出せる訳がない。助けが必要だ。俺は必死だ。
「おほん! こっ、こらー! あなたたち!」
「由紀奈、由紀奈はどうした! どこにいる!」
「わーー! やめろーー!」
その時、悲鳴が届いた。どこからだ。俺もジャリどもも一斉に、声のする方向を向いた。どこだ。
「ぎゃーーっ! 離せってーー!」
ああ、ああ、あの声、間違いようがない。俺の、じゃない、ウチの、由紀奈だ!
「何だ! どうした!」
教室棟の向こうか。こっち側からは陰になっている。
「何でも屋さん! 唄野さんが!」
優希絵のいる二階からは見えるのか。
「すまん、どいてくれ!」
ジャリの壁がどいて道が
「んなっ……」
が、それも虚しく、スケッチブックは車外に放り出され、ドアが閉まり、銀のロールズは嫌みったらしい静粛性でもってロータリーを走り出した。
「いったい何だってんだ!」
俺は踏み出した足を
「何でも屋さーん!」
ガスッ。
俺の後ろ頭に何かがヒットした。見るとそれは、俺のリュックだった。優希絵が投げてよこした。
「いてっ」
「何でも屋さん! 唄野さんを! こちらはわたくしが何とかいたします!」
ふと辺りを見ると、渡り廊下の下から教員やらなんやらが出てきてこっちへ向かってくる。このままではやはり俺が不審者扱いになってしまう。優希絵が「何とかする」と言ったのはこれのことか。
「優希絵、すまん! 幹彦! 来い!」
「え? あっ、うわあ!」
半ば呆然としていた幹彦の手を引き、走り出した。
校門を出て行くロールズの行き先を目に入れつつ、水色カブへ辿り着くと、俺はヘルメットを幹彦に被らせ、荷台にリュックを敷いて彼女をタンデムし、ブインとエンジンを始動させた。おっとそうだ、と失礼してスマホをリュックから出し、手元のホルダーにセットする。するとそこへ、一台の黒のリンカーンがやってきて停まった。助手席から降りて出たのは
「これは
「由紀奈がさらわれた。おそらくだが、優希絵と間違えられてだ。何でかは知らん。捕まえれば吐くだろう。だからすまない、行ってくる。優希絵は無事だ」
ものすごい早口でそう告げ、カブを発進させた。どこのどいつか知らんが、俺は殺意すら覚えていた。
「幹彦、しっかり掴まってろ」
「う、うん……」
銀のロールズの追跡を開始した。熱くなる自分を抑えながら、アクセルを全開にした。俺は誰よりも速い……俺は誰よりも速い……俺は誰よりも速い……。
スピードが増すごとに、頭よりも先に体が冷えてくる。気づけば裸のままだった。俺は誰よりも寒い……俺は誰よりも寒い……俺は誰よりも寒い……。
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