ボディガードのお洒落なカフェ(reprise)
――とまあ、こうして、
あの後、俺と由紀奈は病院へ連れてかれて診察を受けた。事情聴取も受けたが、彰子のはからいもあってごくごく軽めのものだった。夜には解放され、警察のでかいパトカーでカブごと家(事務所)まで送られた。由紀奈の事が心配だったが、あいつは「どーせ明日休みだしだいじょーぶ」と言って、パトカーを先に降りた俺に車内から手を振った。
翌日、つまり昨日は土曜で、学校も部活もお休みだったらしい。もちろんウチにも来なかった。俺は俺で事務所も開けずに、ずっと寝ていた。殴られたせいで、顔がかなり腫れていた。
そして今日。まだ来ない。いつもなら午前中から勝手に来るんだがな。まあ、あんな事があった後だ、日曜だしな、もう少しゆっくり休んでくれても、俺は構わない……。昼飯を食いに、松屋に行くことにした。
牛めし(並)に、冷や奴をオーダーした。カレーからはすっかり遠ざかってしまった。そうだ、昨日、走るのを忘れてた。幹彦――いや、美貴、か。親に禁止令を食らった以上、もう走りに来ることは無いだろう。俺だって気が引ける。それにしてもあいつは……体は女だが、心は男、というやつか? そのわりには、女だとバレた途端、急に女になってたが……どっちなんだ。
そんな事をぼんやりと考え、長居をした。そろそろ戻るかと、事務所のある二階に上がったところ、階段から廊下から何でかふわっといい匂いがした。このオリエンタリズムを感じさせるユニークな香り……優希絵か。
はたしてドアを開けると、そこには、由紀奈、美貴、優希絵、そしてなぜか彰子までもが、勢揃いしていた。全員、名前に「き」が付く……そんな事はどうだっていい。
「あーやっと来た。待ってたぞー。一分くらい」
「ごきげんよう、何でも屋さん! お邪魔しておりますわ!」
たしかに皆、立っている。誰もまだ、どこにも座ってない。とはいえ、俺の居ぬ間にいったい何だってんだ。
「何だ。何の用だ」
「まーそう言うなって。あ、まだ腫れてる。痛い?」
「だ、大丈夫だ!」
「お茶出してー、って言いたいとこだけど、いーや、あたしやるから。淳ちゃんは座ってな。コーヒーでいー?」
「おおう、おう」
由紀奈はキッチンへ消えた。俺は驚いた。
「優しいわね、由紀奈ちゃん」
「本当だよ。あーあ」
「というわけでこんにちは、探偵さん。体はどう?」
「また来たよ。美貴で来るのは初めてだけど」
「ん、まあ、昨日丸一日休んだからな。普通だ。というか幹彦、じゃない、美貴、その格好はどうした」
美貴は制服を着ていた。もちろん、女子の制服だ。もっさいブレザーだったが、さすが元美少年の美少女だ、ベリーショートの癖毛と相まって、かなりの見栄えがした。
「これが僕の正体だよ」
「綺麗な子。見惚れちゃうわあ」
「芸術家魂にビンビン来ますわ!」
「ちがう。俺が訊きたいのは、どうして制服なんだって事だ。今日は日曜だろう。ああ、優希絵も制服じゃないか。由紀奈もだ」
「ぎゃーーっ!」
その時、キッチン方面から悲鳴が上がった。
「ああ、やっぱりだ。またやったな、あいつ」
「私が見てきてあげるわ」
「頼む」
やはり由紀奈にさせるんじゃなかった。彰子が助けに行ってくれた。
「由紀奈ちゃん、大丈夫かな?」
「まあ気にするな。それで、なんだっけ」
「制服のことですわ!」
「そうだった」
「今日は学校説明会がありましたの! 立原さんもそれにおいででして、わたくし、美術部部長としてプレゼンしてまいりましたわ! 唄野さんにもご協力いただきましたの!」
由紀奈がそんなのにまで行くようになるとはな。すっかり幽霊返上だ。
「唄野さんみたいな下手な絵でも、わたくしのように上手になれますわ! という展示でしたの!」
やっぱりヘタだと思ってたんだな。
「そう、つまりね、師匠。僕ね、
「せっかくの機会なればと思いまして、皆で一緒に参りましたの!」
「
「そしてさ、入学したら美術部に入ろうかな、って。ね? 優希絵ちゃんも由紀奈ちゃんもいるし。僕だって、絵はけっこう得意なんだよ」
「俺はもうモデルはやらんぞ」
「えー?」
「どうしてですの!?」
「し、心境の変化だ……」
「理由になっていませんわ! 断固として抗議いたします!」
「だって……」
恥ずかしい。それだけだ。いや、三日目にはもうだいぶ慣れたと思ってはいたんだが、今は違う。優希絵に見られるのはまだ平気だ。あくまでビジネスライクな関係だからな。美貴。こいつも、入部してこられるとちょっと厄介だ。弟子に裸体を晒す師匠というのも甚だおかしい。だが、最も問題なのは――
「みんなどうしてずっと立ってるの? 座ればいいのに」
彰子が戻ってきて俺の思考を遮った。いや、むしろ好都合だ。話題を逸らそう。
「お前はなぜここにいる」
「言い方。わざわざ報告しに来てあげたんじゃない。事件のこと。探偵さんがどうしてるか、様子も見たかったし?」
「そうか」
「芳賀さんもちょうど来るって言うから。どうせ報告書は出すんでしょうけど、直接お話できるんならそのほうがいいでしょう? そう、せっかくの機会だもの」
「今日は休みなんじゃあないのか」
「そんなの気にしないでいいわよ。私が気にしないんだから」
「そうか」
「誠に恐れ入ります……」
「ま、仕事の話はいいわ、後にしましょ? それよりも、せっかく再会できたんだし……」
彰子は俺の隣に座り、身を寄せてきた。そして俺の膝に手を乗せ、それを滑らせ――
「えー、おっほん!」
由紀奈が背後に立っていた。
「お待たせー。由紀奈ちゃんの特製コーヒーだぞー。金もらってもいーレベル」
コーヒーが皆に行き渡った。何やら茶色い棒が添えられている。
「この棒は何だ」
「シナモンスティックですわ!
「苦いな」
「淳ちゃん違うってー。それ
「そうなんですか……」
知らなかった。
「さあーて!」
優希絵が俺を見て言う。なんだ、これは。乾杯か? 俺はなんとなく、そんな気配を察した。
「えーそれでは僭越ながら、この俺から、ご挨拶を――」
「淳ちゃん何だ急に。おっさんか。面白くねーし」
「あう」
「怪我人は黙って座って飲んでろー」
「はい……」
「優しいわね、由紀奈ちゃん」
「本当だよ。あーあ」
「愛を感じますわ!」
「はー? なに言ってんだみんなして」
「妬けちゃうわあ」
「やっぱり由紀奈ちゃんには勝てないかもなあ」
「愛を感じますわ!」
「やめろーやめろー!」
由紀奈は再びキッチンへ消えた。いったい何だってんだ。まあいい。俺は特製コーヒーに口をつけた。うまくはない。あいつはこういうのもヘタなんだ。まあ、口には決して出さないが。なんたって俺は、ハードボイルドだからな。
~つづく
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