新年早々、留守番だ

 淳ちゃんがなんだか冴えない顔してるのは、あたしの気のせいなんだろうか。緊張してんのかな? まあねー、こんな超絶美人の彰子さんとお正月デートなんだもんねーよかったねー。もしあたしが餅を喉に詰まらせて死んだら、化けて出てやる。そうだ、せっかくお正月なんだから、餅食べたい。

「餅食べたい。帰り買ってきて」

「お、おう? ……けど、焼く網が無いぞ?」

「だったらそれも買ってきて」

「ああ、わかった……」

 なんか知らないけど餅せびっちゃった。餅で何かが解決するとかそういうわけじゃないけど。それは知ってる。

「由紀奈、お前はどうする? 家、帰るか?」

「んー……知らん。わからん。ま、留守番、ってか店番しててもいーけど」

 餅頼んどいてなんだけど。あれだけど。自分でもよくわからんのだ。

「どうしたの、探偵さん? 行きましょ?」

「ああしまった、ちょっと待ってくれ。靴を出さないとだった」

 淳ちゃんはそう言って奥へ引っ込む。

「あ、そーだ、彰子さん」

「なあに?」

「彰子さんの住所教えて」

「ん、いいけど……でもどうして?」

「べつに火ぃつけに行くとかじゃないから。つかジャスミンさん」

「ジャスミン? あの子がどうかしたの?」

「いや、うん、まー……嫌ならいーけど」

「喧嘩してること、気にしてくれてるの? ありがと!」

「べつに……」

 彰子さんはさらさらっとメモ帖に住所を書いて渡してくれた。

「ね、ジャスミンって、そういう名前なの? 外国の人?」

「んんっと、そうね、芸名、みたいなものかしら」

「ふーん……」

 よくわかんないな。それにあたしも、住所聞いてそれでどうするってんだろ。わかんないな。

「すまない。待たせたな」

 淳ちゃんが靴を履き替えて戻ってきた。あたしはちらっとスマホを確認する。

「まだ九時だよ。早くね? どこ行くの?」

「探偵さん、どこ行こっか!」

「そうだなあ……」

「決めてないのかよ。ふーん。ま、いーけど」

「じゃ、由紀奈ちゃん、行ってきまーす。五時には帰してあげるから」

「べつに……」

「由紀奈、すまんな、行ってくる」

「…………」


 がちゃん。二人が出てって、事務所のドアが閉まった。

「あーもー! なんだよ! なーにがすまんな、だよ! なんなんだよもー!」

 本当なんなんだよ、もー! あたしひとりじゃん! なんでだよ、もー、なんでだよ! はーあ。

「はーあ……」

 つまんないな。

 ほんとつまんない。どうしよっか。はーあ。

「べつに餅とかどーだっていーし」

 あ、お昼、どうしよっかな。家帰る?

「どーだっていー……」

 まだ食べたばっかだし。

「お茶でも飲むかー」

 また真っ赤なルイボスティーを淹れて、PCの前に座った。

「なんか動画でも見るかー」

 家に帰っても、べつにやることないから一緒だ。正月ってのは退屈なんだ。

 とりあえず、ここにいるかなあ。とりあえず、ヒマだけど。待ってれば、淳ちゃんそのうち帰ってくる。そのうちって、いつだ。何時だ。五時には帰すとか、絶対嘘だし。はーあ。で、淳ちゃんと彰子さん、どこに行ったんだろうな。

「あ、そーだ」

 PC版の探偵アプリを開いてみる。淳ちゃんのスマホの探偵アプリ、起動されてた。さっきあたしのスマホでも確認してたんだけどさ。淳ちゃんの相対位置と相対速度が、画面に映ってた。……この速さだと、まだ歩いてるね。駅じゃなくて、反対の方向だ。えーっと、地図を重ねてみてっと――これ、《高円寺憩いの森公園》にでも向かってんのかな。公園デートかー。渋いね。

「……って!」

 ばっかみたい。何やってんだろ、あたし。覗き見じゃん。あーやめやめ。動画見よう。

 と、何見ようか漁ってたら、『アラジン』が目についた。アニメのやつ。いつだったか、小さい頃に見た覚えがあった。

「あー、こんなだったっけ」

 なんとなく、見始めた。ルイボスティー飲みながら。


 そうそう、そういや、ヒロインの名前がジャスミンだったね。アラジンが王子様に変身して、王女のジャスミンとくっつく。ジャスミン、ジャスミン、彰子さんちのジャスミンもジャスミン……うわ、むしろ彰子さんに似てんじゃん、『アラジン』のジャスミン。あー、なんだ、そしたら淳ちゃんがアラジンだってか? 名探偵・篤藩次郎に変身して、警視庁のお姫様とくっつく。

「やめろー」

 そうだ、ジャスミンの住所、教えてもらってたんだった。あー、じゃなくて、彰子さんの。ああいや、彰子さんちのジャスミンも一緒に住んでるんだから一緒か。それでそうそう、二人を仲直りさせなきゃとか、昨日考えてたんだった。ジャスミンに似てる彰子さんと、顔知らないけど本物のジャスミン。本物? 芸名とか言ってたよね。

「あー意味わかんない! ごっちゃになる!」

 ……あ、そっか、じゃあ、ジャスミンに会いに行けばいっか。このジャスミンってのは、彰子さんちのジャスミンね。ジャスミンに似てる彰子さんじゃなくて。顔がわかれば、紛らわしくない!

 と、そこまで考えたところでいきなり、事務所のドアががちゃりと開いた。

「だ、誰!」

 ほんとびっくりした。すごい頭の中で色々考えまくって、なんにも周り見てなかったから。

 その時入ってきたのは、『イプセン』のマスターと、もうひとり。それが今まさしくあたしが会いに行こうと思ったジャスミン、彰子さんちのジャスミンだったってのをこの後知ったんだけど、そこであたしはもう一回、びっくりすることになる。






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