サンタクロースのなりそこない

 降矢さんの家は、自宅兼アトリエだった。洋風の二階建てで、かなり古くて小ぢんまりしてた。野方女学院ノガジョから高円寺の駅に向かうあたしの通学路からは、ちょっと外れた川沿いにあった。広くない敷地は枯れかけの草がボーボーで、道路側から見える窓は、鎧戸まで全部閉められてた。暗くないのかなって思ったけど、中に入ってみたらそうでもなかった。川に面してるほうの窓は全部開いてたからだ。

 って言っても、始めからどうぞーって家の中に入れてくれたわけじゃもちろんなくて、始めまず、すっごいびっくりされた。そりゃそうだ。あたしがそこに着いた時、ちょうど降矢さん、家から出てくるとこだった。タイミングが良かったっていうか悪かったっていうか、あたしの顔見て、あからさまにギクッとした。失礼な。

「ど、どうして?」

 まー、あたしにとってはいいタイミングでしかなかったけど。もうちょっとでも遅かったら逃してたし、早く着いてインターホン押したら、逆に居留守使われた可能性もあったし。

「おおーびっくりした。でもちょーどよかった。降矢さんこんちは。これ、昨日忘れたっしょ」

「あ、はい……」

「どっか出かけるとこでした?」

「いや、その……」

「もしかして、これ取りに事務所来るつもりだった?」

「…………」

「ごめんね、こっちから来ちゃった。勝手に住所調べて。はい、どーぞ」

 例のクタクタ紙袋を、降矢さんに渡した。

「アドベントカレンダー。だよね、それ」

「ええ……」

「二十四日のとこ以外、全部開いてるやつ。二十四日のとこだけ、まだ開いてないやつ」

「……!」

「今日はまだ二十四日じゃないけどねー。そのカレンダーって、去年のとか? そうなんでしょ? だよねー。すごいっしょ、この推理」

 降矢さんは、あたしの名推理にまたびっくりした様子で頷いてた。

「これでもあたしねー、私立探偵の助手だからね? わかんの。降矢さん、去年のクリスマスになんかあったんだよね? よかったらさ、話、聞かせてくんない? 何があったのか。だって、それで悩んでるんでしょ?」

 あたしがそう喋ってる間に、降矢さんはまた悲しそうな顔に戻り、そして今度は、今にも泣き出しそうに表情を歪めた。


 そんなわけで、家の中に入れてもらった。降矢さんは、ひとりでここに住んでるらしい。いやま、あたしみたいなか弱いJKが一人暮らしの男の人の家に上がるとか、普通ありえないけどさ。危ないよね。危機感足りてないよね。とは思ったんだけどね。でもこの人すごい弱っちいし、あの時の淳ちゃんみたいにすごい弱ってたし、だから大丈夫かな、って思った。っていうか、どうしても気になった。この人に、いったい何があったのか。

 一階は生活のためのスペースで、あんまりきれいとは言えない状態だったから、二階に通された。階段上がってみたら、全部、まるまるアトリエだった。大きいのから小さいのまで、キャンバスがいっぱい、棚にしまってあったり壁に立てかけられてたりした。イーゼルも何台かあったけど、絵は架けられてなかった。アトリエ全体が、ちょっと埃っぽかった。

「なんか、ずっとここ使ってない感じする」

 降矢さんは否定しなかった。あたしに壁際のカウチに座るよう勧め、自分は木でできた丸椅子に腰掛けた。日は差し込んで明るかったけど、暖房は無くて寒かったから、コートは着たままだった。

「……これ、このカレンダー、去年、二人で毎日開けていってたんです」

「二人?」

「そう、二人で……彼女と、僕とで……」

 降矢さんは、ぽつぽつと話し出した。


 降矢さんがその人と出会ったのは、去年の夏の終わりくらいだったらしい。その時よく行ってたバーで飲んでたら、その子が、友達と一緒に店に入ってきて。その日は特に何も無かったんだけど、何日か後で、今度はその子、ひとりでまた店に来た。

「名前は?」

雪永ゆきなが舞依まい……『イヴ』と、呼んでました」

 友達にそう呼ばれてたらしい。んで、大人どうしだとよくある話らしいんだけど、初めからお互い、なんとなく惹かれ合ってたんだって。

「僕は、普段、飲んでても飲んでなくてもそんなに喋らないほうなんですけど――」

「あーわかる。てかまんまじゃん」

「イヴもそれは僕と一緒で、初めの時も、騒いでたのは彼女の友達だけで」

「じゃー何か、イヴちゃんは降矢さんともっと話したくて、また店に来たってか」

 そんなこんなで、仲良しになったらしい。大人の仲良し、な。

 当時、降矢さんは、描いた絵がけっこー売れてて、てか、個展をやったらそれで売れ出すようになって、けっこーブイブイ言わせてたらしい。どう見てもブイブイってキャラじゃないけど、ま、つまり、羽振りが良かったってこと。毎晩飲み歩いてて、イヴちゃんもだいたい一緒にいるようになって、この家にもイヴちゃんは入り浸ってたとか。って言うとなんだか遊び人みたいだけど?

「イヴちゃんって、何者?」

「……多分、学生です」

「たぶんって何、たぶんって。ほんとか? ……じゃー歳は? いくつ?」

「え、えーっと……」

「知らないの。知らないんだね。大丈夫? そーいや降矢さんはいくつなの?」

「僕は二十七です」

「ふーん」

 そしてアツアツな二人は、アツアツなまま十二月になると、あのアドベントカレンダーを買ってきて、クリスマスに向けて毎日ひとつずつ、開けてった。

 だけど、二十四日、クリスマスイヴの日に、イヴちゃんはいなくなった。

『24』の窓を開けないまま、降矢さんの前から、姿を消した。






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