サンタクロースの元へ、今

「こんばんは、由紀奈ちゃん」

 その日の夕方、初めに事務所に現れたのは、彰子さんだった。こないだのとは違う、モワモワのついた大人っぽい黒いコートを着てた。真っ赤なグロスを引いて、すごい気合い入ったメイクだった。

「ひょえー。すごいね、彰子さん。気合い」

「ふふっ。ちょっと本気出しちゃおっかなって。だって今夜は、探偵さんが相手してくれるんでしょう?」

「ねー、作戦なんだからね。そこ忘れないで」

「この中もすごいんだから……」

「聞いてー」

 そう、彰子さんには、イヴちゃんちのパーティーに無理くり参加してもらった。淳ちゃんと一緒にゲストとして入ってもらって、それで作戦を展開する。彰子さんの警視庁かいしゃだったら、もっと上の人が行くんだろうけど、そこは彰子さんがなんとかしてくれた。なんとか、の内容は不明だけど。ま、淳ちゃんをエサにしたからね、ちょろいもんだ。

「おお、彰子。来てくれたか。悪いな」

 その淳ちゃんが、プライベートスペース住居部から出てきた。ぷっ。黒いタキシードで、頭も固めてる。まー似合ってはいるんだけど、見慣れないからね、笑っちゃう。

「探偵さん! 素敵じゃない! そういうのも似合うのね。見違えたわあ」

 いつもみたいにくっつき始める。ふーやれやれ。

「彰子も綺麗だ……」

 だから淳ちゃん!

「嬉しい!」

 んもー。

 と、そこへガチョンと事務所のドアが開いて、はしかみセンパイが登場した。

「こんばんは何でも屋さん! あら皆さん、もうお揃いですのね! 外に芳賀を待たせてありますわ! ではさっそく参りますわよ!」


 トランクにあたしの荷物を詰めて、五人でリンカーンに乗る。芳賀さんの運転で、助手席に淳ちゃん。後ろに女子三人だけど、あたしだけ制服にダッフルの学生スタイルだ。あたしは降矢さんち行きだから。センパイもなんかゴージャスなコート着てて、ヒールを履いた足が見えてた。どんなドレス着てんだろ。

「んじゃ、気をつけてー。ちゃんと作戦通りにやるんだよ。待ってっからなー」

「よろしくお願いします……!」

 四人を見送って、あたしは荷物を降矢さんちの中に運ぶ。降矢さんも手伝ってくれた。中身は、PCとか食べ物とか防寒具(笑)とか。パーティーとか絶対おいしいもん用意してあるのに見てるだけで何も食べるもんが無いとか絶対堪えらんないから。

 そんなわけで、降矢さんとあたしはひとまず、会場の様子をPC使ってモニターする。防寒グッズ持ってきたったって、わざわざ寒い二階で待機する必要は無いから一階で。例の絵はもちろん二階にあって、あとはイヴちゃんが来たら完成らしい。降矢さんの手はまだ全然、絵の具の色してた。もうそろそろかなー、って思ったところで、淳ちゃんからメッセ来た。

『順調だ。会場入った。問題無い』

 由紀奈ちゃんデバイスのモニターウィンドウを開けると、しばらくして映像が届き始めた。淳ちゃん視点だ。今日は、もうひとつ渡してある。すぐに、そっちも映った。いい感じのとこに置いといて、って芳賀さんに頼んだやつで、本当にいいとこに置いてくれた。メイン会場のレセプションルームを見渡せる位置だ。芳賀さんやるじゃん。

 そう、芳賀さんにはそんな役目と、あと車のことと、はしかみセンパイのエスコートなんかをお願いしてて、あと色々。色々できる人だから、淳ちゃんがどっか行っても大丈夫。あとでちゃんとお礼しなきゃだね。

「降矢さん、どんなドレス着てるかちょっとチェックしよっか」

「ええ、っと……」

「イヴちゃんもいるはずだよ。探してみよー」

 せっかくカメラ二台から映像(と音声も)来るようになったからね。えっと、センパイは、鮮やかで深い感じの緑のドレスだ。うーわ、背中けっこう開いてた。まだJKなのにね。てか、まだJKなのにすごい堂々としてて、周りの大人の人たちと何かお喋りしてる。

「部長さん、なんだか慣れてる感じしますね」

「あー、センパイ、超お嬢なんだよ。だからねー、慣れてんじゃない? って、イヴちゃんもお嬢か。全然タイプ違うね」

 さすがはしかみ家ってビッグネームだよね。周りの注意を引きつけてくれるから、作戦もやりやすくなる。そういう狙いだ。

 そして、彰子さん。いやー、ドレス、真っ赤っかだ。そんで、すごい似合ってる。あと、やっぱかなり盛ってる。さすがに淳ちゃんにべったりはしてないけど、待て待て、淳ちゃんのほうが彰子さんガン見しすぎだろ。問題だ。露出度意外と低いのにな。問題だ。

「イヴは……いないですよね?」

「んー。そーだね。これからじゃない?」

 そうだよね、あたしはこないだ会ったけど、降矢さん、まだイヴちゃんの顔、見てないんだもんね。気になるよね。

『う、烏龍茶……を、ロックで……』

『ここでもそれなの? あ、私はシンデレラを』

 淳ちゃんと彰子さんだ。なんだよシンデレラって。

『シンデレラ?』

『だって、ここは舞踏会なんでしょう?』

 そう、イヴちゃんちで毎年やってるこのパーティーは、ダンスパーティーなんだ。会場はフロアの真ん中がまるまる開いてて、そこを囲むみたいにテーブルが置いてある。今は人がいっぱいいて、あちこち立ち話してるけど。

 と、そこで、画面の奥のほう、会場の端っこで、なんか入ってきた人を迎えるーみたいな動きが起きて、それが全体にも伝わってきた。みんな、そっち向いて拍手してる。

「これ、このおじさん、この人がイヴちゃんのお父さんなんじゃない?」

 画面のこっち側に向かって近づいてくるおじさんが、きっとそうだ。

「……そうっぽいですね……ということは」

「あー! これイヴちゃんじゃん! この一緒に歩いてんの!」

「!……」

 一緒に歩いてる女の人がいて、イヴちゃんのお母さんなのかなって思ってたけど、カメラに近づいてきたら、それがイヴちゃんだってわかった。

「かわいいー! って、降矢さん?」

「…………」

 降矢さんは、ほんと食い入るように、って感じで画面に映ってるイヴちゃんを見てた。そりゃあね、イヴちゃん、刺繍の入ったレース地の白いドレス着てすごい綺麗だしね。袖が三角でかわいい。トランペットスリーブってやつだ。

 イヴちゃんとお父さんは、こっち側のちょっとステージになってる手前で止まって、振り返った。イヴちゃんの背中が見えた。ほどよく開いてた。お父さんがなんか挨拶をしだした。

「イブちゃんとこって、お母さんいないんだ?」

「さあ……わかんないです」

 そうだよねー知らないよねー。とか言ってるうちに画面の中ではもう乾杯してた。そんで曲が流れ始めた。さっきから楽器持ってる人がちらちら画面に映ってたから、生バンドの演奏なんだと思う。フロアの真ん中にいた人たちのほとんどは周りのテーブルとかに散って、散らなかった人たちはそれぞれが組になって、踊りだした。パーティーダンス、だね。イヴちゃん親子は、乾杯した時のままで立ち話してる。

『ね、探偵さん。私たちも踊らない?』

 彰子さんがそう言うのが画面から聴こえた。

『ああ、いいだろう』

 即答かよ。

 二人はダンスフロアに出て踊り出した。ま、ダンスパーティーなんだし、それくらいは想定してたけど!

『……探偵さん、すごく上手なのね!』

 そりゃあね。淳ちゃん、前はプロダンサーだったからね。って、彰子さんも踊れるんだね。淳ちゃんカメラの画面は酔うから見てないけど、芳賀さんカメラだと、二人が踊ってるのがよく見えた。彰子さんの真っ赤なドレス、すごい目立ってた。

 ま、曲はすぐ終わって、彰子さんは別の男の人から声を掛けられて、その人と踊り始めたからいっか。

「淳ちゃん、作戦忘れんなよ」

 あぶれた淳ちゃんに、マイクをONにして言ってやった。


 とまあ、そんな感じで皆さん楽しんでるうちに、イヴちゃんは誰かに誘われてダンスに行き、お父さんから離れた。それを見計らって、彰子さんがお父さんに近づく。そんで話しかける。何の話を持ち掛けてんのかを、あたしは知ってる。

「淳ちゃん、あれ」

『ああ』

 あたしたちの作戦が動き出した。

 今演奏してる曲が終わったら、次の曲からは、彰子さんがステージに立つ。バンドのリーダーっぽいギターを持った人に、何の曲やんのか話したみたい。そしたら、その次の、また次。彰子さんの歌う三曲目が、勝負の時だ。

 彰子さんが一曲目を歌い始めた。ちっこいデバイスのちっさいマイク越しだから音質はそんなでもないけど、彰子さんが歌上手いのは十分にわかった。すごいね。今度ははしかみセンパイが、イヴちゃんのお父さんに近づく。芳賀さんはどこにいんのかわかんないけど、どっかできっと、全体を見てると思う。淳ちゃんは、イヴちゃんを見失わないようにと距離置いてガン見してる。

 次いで二曲目。ここまで二曲とも、ダンス用にテンポを調節したポピュラーソングだ。どっちも英語の歌だ。センパイが、イヴちゃんのお父さんに話しかける。

「淳ちゃん、他はみんな大丈夫。いーよ、そろそろだ」

『ああ、行くぞ』

 二曲目が終わる。ここで淳ちゃんは、イヴちゃんにダンスを申し込む。まー、イヴちゃんには、このタキシード淳ちゃんがこないだのサンタの中身だってのはまずわかんないだろうけど。よし、うまくいった。淳ちゃんの差し出した手を、イブちゃん、取ってくれた。三曲目が始まる。


“――Silent night, holy night

 All is calm, all is bright...”


 ゆったりと、ムーディに。静かな歌い出しだね。でもゆっくりはしてらんない。淳ちゃんは、自分の正体をイヴちゃんにこっそり明かさないといけない。


“Round yon Virgin, Mother and Child

 Holy Infant so tender and mild...”


 ひそひそ声すぎてあたしには聴こえなかったんだけど、うまく伝わったみたい。淳ちゃんが耳からデバイスを外し、イヴちゃんに渡す。


“Silent night, holy night

 Shepherds quake at the sight...”


「あ、イヴちゃん? ごめんね、びっくりした?」

『あ、はい……あ、いえ……』

「今から降矢さんのとこに行くよ。この人についてって」

『…………』

「とりあえず地下の駐車場に向かって! タイミングは淳ちゃんが」

『…………はい』

「大丈夫、きっとうまくいくから」


“Christ the Savior is born

 Christ the Savior is born...”


 ここからだ。バンドの間奏が入って、次、彰子さんが本気を出す。

 今のうちに、淳ちゃんは出口のドアへ、イヴちゃんと一緒に寄っていく。


“Silent night, holy night

 Son of God, love's pure light...”


 ここまででもう、会場全体が、彰子さんにだいぶ持ってかれてる。

 そして彰子さんは、その声量を、さらに増し盛りにしていく。


“Radiant beams from Thy holy face

 With the dawn of redeeming grace...”


 最高潮に達した。と、思う。


“Jesus Lord, at Thy birth

 Jesus Lord, at Thy birth...”


 この時にはもう淳ちゃんとイヴちゃんは脱出してて、会場に残された芳賀さんカメラのデバイスはとっくにBluetoothの圏外だったから、わかんない。映像も音声も、切れてた。二人の走る足音と、イヴちゃんの息づかいだけ、聴こえてた。

 そして車のドアを開け、閉める音。やっと落ち着いたカメラ映像は、上着を脱いでベスト姿の淳ちゃんが、エンジンをかけてリンカーンを発進させる姿を映し出した。

『寒いだろう。後ろの座席に毛布がある。とりあえずそれを被ってくれ』

 駐車場を出る時にも、何も障害はなかった。

『由紀奈、聴こえるか。今、雪永の邸宅を出た』

「見てたし聴こえてるし。やったじゃん。イヴちゃん、がんばったね。降矢さん、待ってるよ」

 完璧だった。あたしたちは、やったんだ。

 イヴちゃんは、ついに向かう。なりそこないのサンタクロースの元へ、今。






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