サンタクロースはあわてんぼう
十二月二十一日、二十二時。
クリスマス前に、サンタクロースが一人、やってきた。このあわてんぼうの正体は、淳ちゃんだ。近くの路上に水色カブを停めて、雪永家の大邸宅を塀の外から眺める。世田谷区、
『フォフォフォ、着きましたぞ、由紀奈ちゃん』
「キャラづけ、やっぱりそれで行くんだ。ベタベタだね」
『サンタクロースなんてのは、大概こんなもんだろう。フォフォフォ』
「まーね」
『よし、やるか』
「あいー」
『ああちょっと待ってくれ』
「なんだよ」
『靴、履き替えないとだ』
「またかよ」
地下足袋に履き替えるのはいつものことなんだけど、それを忘れるのもいつものことだ。しっかし、地下足袋サンタって。
ちなみに淳ちゃん、サンタクロースの格好してるけど、背中にしょってるのは白い袋じゃなくていつものリュックだ。かなりダサい。この時季ならサンタクロースが街中にいてもおかしくないだろ、とか言ってたけどねー。ダサい。
『今度こそ行くぞ! サンタ、ニゾウ、チンケ、Go!』
「サンタつながり」
相変わらず、こういう時の淳ちゃんは緊張するってことを知らない。西洋風にがっちり造り込まれた庭園を猛ダッシュしてく。……こんな夜じゃなくて、昼間に来てみたいなあ、ここ。あと、できれば春とか夏とかに。お金払ってもいいレベル。
今回は煉瓦の家だから、木造のよりは気が楽らしい。ドッタンバッタンしてもそんな響かないから。さっそく壁に取り付いて、よじ登ってるみたいだ。正直、見てると酔うからあんまり画面を正視しないでおく。登ったら今度は、イヴちゃんのいる部屋を探さないとだね……。
いくつも窓を覗いて覗いて、ついにイヴちゃんの部屋にたどり着いた。
『……いたぞ』
「お……」
さすがに今度は声をひそめて言う。あたしもつられちゃう。
『この時間だ、風呂上がりですっぴんなんだろうが……かなりの上玉だ』
「あたしにも見えてるし。わかるし。てか言い方。下品すぎんだろ」
その部屋の中で、イヴちゃんはひとり、窓の脇の机に向かって、何か見てるっぽかった。レースのカーテン越しに、顔が見えた。降矢さんの絵の中の人が、まさしく、そこにいた。まだこっちには気づいてない。
『さて……』
「あたしの出番だね」
作戦、というか苦肉の策なんだけどね。今回の目的は何かを盗み出すとかじゃなくて、人との接触だ。しかも、相手はか弱い女の子だからね。いきなり窓から侵入すんのはさすがにまずい。しかも淳ちゃん。だからせめてサンタの格好して、そんでせめて女のあたしが顔出せば、ワンチャン、話ができるんじゃないかなって、そういう狙い、というかむしろ、願いなんだ。
淳ちゃんが
「瓶底メガネ」
『おおそうだ』
淳ちゃんに着けさせる。より間抜けに見せて、イヴちゃんの警戒心を和らげらんないかなーっていう。
――よし、準備はできた。
「おっけー。やって」
『緊張しますね……』
スマホの画面をイヴちゃんに向けた。
「淳ちゃんは黙ってるんだよ」
『ごくり……』
コンコン。
サンタクロースが窓をノックする。実際にはパシパシって感じの音だ。煙突から入るなんてのはファンタジーだ。
イヴちゃんが驚いた様子で顔を上げた。そりゃ驚くよね。待って待って、怖がんないで。あたしは画面の中のイヴちゃんに向かって両手を振って、なんかこう、笑顔……を作ってみせる! 見えるかなあ?! あんまり満面の笑みだとかえって怪しいし、というかそんな笑顔なんてできないし、うあー! なんとか! なんとか、わかって! 怪しくないよ! 怖くないよ!
「イヴちゃん! イヴちゃんイヴちゃん!」
聴こえるかなあ?! でもあんまり騒ぐとまずいし!
「イヴちゃん! お話があります! ねー! イヴちゃん! ねえー!」
降矢さんがあんな絵を描く以外はポンコツでも好きになるくらいにいい子なイヴちゃん! お願い! 降矢さんが会いたがってんの!
「イヴちゃん! こっち来てお願い! イヴちゃんー!」
お、ちょっと表情が緩んだかな? イヴちゃんイヴちゃん! でもまだ椅子に座ったままだ。 イヴちゃんイヴちゃん!
と、あたしの視界が揺れ出した。淳ちゃんが動いてんだなこれ! スイングする揺れ。おええ。酔うっての! イヴちゃんイヴちゃん! おっ? 笑った?!
ほんの一瞬、笑ったように見えた。淳ちゃんがなんかしだしたんだきっと。面白い動きとか。
「イヴちゃーん! 降矢さんがー! イヴちゃんー!」
そういえば降矢さんーってまだ叫んでなかった。なので叫んだ。聴こえたのかもしれない。イヴちゃん、手に持ってた何かを伏せて、立った。そしてこっちに来た。
「イヴちゃん、これ、聴こえてるー? はじめましてー!」
窓のすぐそこまで来たイヴちゃん。こくっと頷くのが、どアップで見えた。やばいかわいい。
「んね、イヴちゃん! あのー、あたしたち、けっして怪しいもんじゃなくて、いや怪しいけど。じゃなくて、けっして悪いやつじゃないから! 降矢さんのことで! お話があんの!」
戸惑ってる感じはほんとありありだったけど、イヴちゃん、口を開いて何か言った。窓越しだし声ちっさいしで聴こえなかった。んで、パッと手を伸ばして、さっき伏せた机の上の何かを取った。それを少し眺めて、そしてあたしに向けた。
「ああー! それ! それそれ!」
なんか、いかにもありがちっていうかベタベタっていうか、ちょっと話ができすぎてる気がするけど、でもなんとなく、そんな気はしてた。あたしには、そんな予感があった。イヴちゃんがあたしに向けたのは写真立てで、そこには、イヴちゃんと降矢さんが一緒に写ってる写真が入ってた。
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