ボディガード、走り出す
十二月に入ると、やたらと世間は「師走だ師走」と騒ぎ出す。まったくもって、馬鹿馬鹿しい。事物の終わりを静かに見届け、年の明けるのを厳かに待ち受けるのが本筋だろう。年末商戦やらクリスマスなんやらへの需要を煽る、大いなるプロパガンダだ。俺の商売には、全くもって関係無い。そうだな、この俺が最も忙しくなるのは……確定申告の二月だ。今じゃあない。
ところで俺は今、走っている。誰かを追ってる訳ではない。俺は足が遅いからな。そして、誰かの師匠になった覚えも無い。ただ、走っている。それはなぜか――
「おじさん! こんばんは!」
「ああ、どうも。また出たな。こんばんは」
家(事務所)を出て夜の高円寺の街を抜け、《高円寺憩いの森公園》へ向かい、その外縁を三周ばかり巡る。これで大体五、六キロ、三十分ばかりのジョギングコースだ。俺はヘタレだから、途中で休憩も入れる。手頃なベンチに腰掛け、馴染みのラッキーストライクを取り出し、火を点ける。公園の申し訳程度の灯りでは、煙はすぐに、暗闇に同化していく。肺と心臓にはちとアレだが、俺はこんなひとときも悪くないと感じていた。ただし、長居はできない。風邪を引く。このランニングウェアは冬向けではあるんだが、防寒性がいまいちなんだ。
「――おじさん呼ばわりはやめてくれって、言ったはずなんだがな。というか、何度も言っている」
「うん、何度も聞いてる。けどね、他に何かいい呼び方、ある? お兄さん、じゃあなんか変だし、名前教えてくれないし」
朝、走ってみたら同じように走ってる人間が多くて辟易した。だから夜にした。それでも時間帯によっては人はいるんだが、試行を繰り返して、俺はなんとか俺だけの時間を確保できるタイミングを手に入れた。なのに、ここにきてとんだお邪魔虫が入ってくるようになった。
「探偵には守秘義務があるからな」
「へえ! おじさん、探偵なんだ! 僕、探偵って、小説とか漫画とかの世界だけの存在だと思ってた!」
「しまった!」
初めはこの休憩タイムの時だった。孤独に浸っていた俺の隣にそいつはいきなり腰掛け、人懐っこく話し掛けてきた。それは、いかにも声変わりしたばかりの甘々な美少年ボイスだった。
「……でも、守秘義務の使い方間違ってると思うんだけど。本当に探偵なの?」
「うるさい。言葉の綾だ。それよりお前はどうなんだ。子供が外をうろつく時間じゃあないぞ」
「子供って!」
「中学生か? 補導されても知らんぞ?」
そいつも、いまいち垢抜けないジャージ姿で走りに来ていた。が、せいぜい公園を二周止まり、だいたいは一周で終えていた。まだまだ発達途上の華奢な体つきだ。そして顔つきもまた、男と呼ぶには発展途上の中性顔だ。世間一般じゃ、美少年というんだろうな。その筋のお姉さんがたが見たなら、きっと放っておかないような。
「う、うん……中三だけど……」
「そうか。不審者に襲われんようにな」
「僕は男だよ! おじさんの方こそ、不審者だって通報されそうだ!」
「し、失礼な!」
「だってその格好」
「それは言うんじゃない……」
俺の格好はといえば、無駄にカラフルな蛍光色のタイツが目を引く、それでもアウターも十分にド派手な、ちょっと控えめの志茂田景樹だ。由紀奈にランニングウェアを見繕ってくれと頼んだら、届いたのがこれだった。明るい時間帯に走るのを避けたのは、これも理由のひとつだ。だが、文句は言えない。これなら夜道でも、車に轢かれる心配が無い。
「――あいつなりの配慮なんだ」
「あいつって?」
「おっと、それは置いといてだな、そんな痩せっぽちだと女に間違われるぞ」
「ぐっ……だ、だからこうして走りに来てるんじゃないか! 体を鍛えるために!」
「なるほどな、なら、よし、走るぞ。男のお喋りはみっともない」
「わ、待って!」
たばこ用にわざわざ用意したちっこいポーチに携帯灰皿をしまい、俺は走り出した。
「お前は何て言うんだ? 何て名前なんだ?」
「あ、みき……幹彦!
「そうか、幹彦な」
俺に遅れて、慌てた様子でついてくる。
「おじさんの名前も教えてよ!」
「秘密だ。師匠と呼べ」
「なんで師匠! じゃあ師匠は、なんで走ってるの!?」
核心を突いた問いに、俺は少々驚いた。まあ、自分の名前は伏せたんだから、それくらいは教えてやるか……仕方ない……。
「だ、ダイエット……の、ためだ……」
俺は
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