ハードボイルド、再会す

 シャワーを浴びてリビングに戻ると、彰子がいた。応接スペースの皮張りのソファに、背筋を伸ばして腰掛けていた。驚きだった。完全に虚を衝かれた。幻だったような気すらしていた女との突然の再会に、俺は嬉しいような恥ずかしいような気まずいような、そんな何年ぶりかの甘酸っぱい気持ちで一杯になり、バスルームに逃げ込みたい衝動に再び駆られた。しかし今この場には由紀奈もいる。下手なポーズは見せられない。彰子には、潰れて寝たのと勘定を持たせたのとを詫びないと男が廃るが、由紀奈の前でそんな話をしては、従叔父いとこおじで雇い主でもある俺の面目は丸潰れだ。さあこのピンチをどう切り抜けるか。正直、家に帰りたいと思ったが、今いるここが家だった。

「あーじゅんちゃん。依頼人さん来てるよー。お茶出して」

「淳ちゃん?」

「ぐっ」

「この人ねー、自分のこと篤藩次郎とか言ってるけど、本当は長谷川淳なんだよ」

「なるほど、そういうことなのね」

「ぐっ」

 いきなり偽名をバラされた。あとで覚えてろよ。

「おはよう、探偵さ……長谷川さん。よく眠れた?」

「あ、ああ……」

 言い直さなくてもいいじゃないか。

「ごめんね? あんまり起きないもんだから、先に帰っちゃった」

「どういたしまして……」

「さあこれからって時に寝ちゃうんだもん」

「悪かったって……」

「未遂なの?」

「お酒飲めないんなら、先にそう言えばいいのに」

「飲めないんじゃなくて、ただちょっと弱いだけだ」

「未遂なんだ」

「うるさい黙ってろ」

「強烈だったでしょう、私のお酒……」

 彰子はそう言いながら立ち上がり、俺の前へ来るとおもむろに、両の手首を掴んできた。藤色の長袖のニットに、いい感じの長さの薄茶のスカートを履いて、今日はずいぶんと淑女なスタイルだ。これも悪くない。むしろ好きだ。ゆうべは店が薄暗いのと黒を着ていたから曖昧だったが、明るい今はよくわかる。貧乳だ。

「今日も綺麗だ」

「あら嬉しい!」

「ちょっとちょっとー」

 彰子はさらに身を寄せてくる。

「ゆうべの続きか」

「教えてあげる……」

 唇が迫ってきた。五センチの距離だ。ナチュラルな艶感のピンクベージュだ。

「昼間ッから何やってんのー!」

「探偵稼業には昼も夜も無いのさ」

「アホか」

「それでね、ターゲットの資料を持ってきたの。送るよりも、自分で持ってきたほうが早いじゃない? ちょうど時間空いてたし。はい、これ。偉いでしょう?」

 彰子は俺の手のひらを上に向かせ、そこに一枚のmicroSDを落とした。

「それ。開いてみて」

 仕事モードに早変わりだ。あるいは元からそうだったのか。

「……由紀奈」

「はい、はい」

 由紀奈は俺からmicroSDを引ったくり、事務所のPCへ向かった。多少のがっかり感は否めないが、ともあれ、昨晩の大失態については、これ以上追求されることは無さそうだ。俺はこっそり安堵した。






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