ボディガードの想い人
銀のロールズは、
「師匠……」
幹彦が何やら呟いたのを背中に感じた。
「何か言ったか? 聞こえない。声を張れ」
「師匠!」
「何だ」
「寒くないの?」
「お前はどうだ」
「うん……平気だけど」
「ならいい」
信号待ちなんかしてると、通行人やら対向車やらの視線を感じる。そりゃこんな美少年、じゃない、美少女を2ケツしてるんだ、注目の的になるのも仕方ない。
「由紀奈ちゃん大丈夫かな……」
「じゃないと困る」
「追いつける?」
「それは大丈夫だ」
今日も環七は流れが悪い。ロールズは二百メートル先で詰まってるようだ。カブなら、すり抜けでも何でも小回りが利く。レース場やハイウェイならいざ知らず、二十三区はカブのが有利だ。
「僕なんか連れてきたって、足手まといってか、意味無いんじゃ……」
「ああ、邪魔だ」
「じゃあなんで!」
「お前は俺の弟子だ。あんな所に放っておけるか」
「!…………」
俺のカブは由紀奈の親父に頼んでボアアップしてもらった。高速だって乗れるし、その気になれば給油無しでロシアまで行ける。なもんだから、ロールズを目視できるところまで追いついてしまった。
が、今ここで逆に捕捉されてはまずい。幹彦を乗せていては目立ちすぎる……少し、距離を置いて様子を見ることにした。いずれ環七を降りるに違いない。熱くなっていた俺だったが、幹彦のおかげで、こうして冷静になれた。
「……幹彦。お前、どうやって敷地に入ったんだ」
「え? なんて?」
「どうやって
「ああうん、塀から。よじ登って」
「へー!」
「面白くないよ」
「誰にも気づかれずにか。やるな。探偵の素質がある」
「そうなの……?」
「ああ、そうだ。ま、ジョギングをさぼるようじゃあ見込み無しだが」
「う……」
「どうしたんだ、何かあったのか」
「…………」
ロールズが側道に入った。間にいる車が減る分、こっちも見つかりやすくなる。距離をさらに多めに取った。まあこっちにはナビがある、見えるか見えないかくらいで十分だ。
「……親がさ」
幹彦がぼそりと呟いた。
「聞こえん」
「親が! ……うちの親が、ダメだ、禁止だ、って急に言い出して……それで行けなくなった」
「それは何でだ」
「僕が師匠といるとこを見た人がいたんだって。近所の人。で、それをうちの親が聞いたらしくてさ……」
「なるほど、そうか――」
ご近所なら、幹彦が女だってことは知ってるしな。それがこんな俺と夜中に一緒にいたら、何事かと思うわけだ。そもそも、あんな夜中に女子を一人で……まあいい。
「それは悪かったな。すまん」
「どうして師匠が謝るの! 違うよ! 僕が、僕が勝手に……さっきだって、僕が勝手に押し掛けただけなんだから……」
「何も逃げることも無かろうに」
「あ、うん……ごめんね、あんないっぱい人がいると思ってなかったから、びっくりしちゃって」
「止まった」
「え?」
由紀奈を示す赤い点が動かなくなった。
「この先だ。もう着く……あそこだ」
赤い点の止まったそこは、古びて荒れた、大きな整備工場だった。いかにも不釣り合いな銀のロールズが傍らに停められているのが見えた。俺は少し離れた路上にカブを停め、幹彦を降ろした。手を引いて恐る恐る工場に近づき、その敷地内の様子を伺う。幹彦は俺の腕にしがみついてきた。何か知らんが、急に女の仕草に早変わりだ。
建屋の外には人影は見当たらなかった。由紀奈の信号の位置を確かめてみると、果たして、発信源は停められたロールズの中だった。しかし、人は乗ってはいなかった。となると、由紀奈と謎の賊どもは建屋の中だろう。入口はどこかと視線でサーチしていたところへ、ふいに背後から声を掛けられた。
「そこのお前、そんな格好でそこで何をしている。猥褻物陳列罪だぞ」
「君は中学生か? 変態につかまってしまったんだね、かわいそうに」
見ると、それは二人組の
「職務質問といこうじゃないか」
「覚悟はいいかね? この変態」
非常事態とも知らずに呑気なもんだ。ああ、説明が面倒だし、そんなのにかまってるヒマは無い。ならいっそブチのめしてやろうか。
「君はそいつから離れるんだ」
「こっちに来なさい、危ない」
「し、師匠!」
幹彦に手を出しやがった。俺の中でゴーサインが出てしまった。ぐっと腰を下ろし、重心をつま先に移動させ、体の芯を纏め上げる。よし、できた。俺の怒りを、食らいやがれ――
「あなたたち、何をしているの!」
その時、女が一人、
「あら、探偵さんじゃない! どうしたの? そんな格好で――ふふっ」
髪を後ろでひっ詰めて、まったくもって似合ってない。断固として抗議しよう。この、我が愛しの想い人、
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