サンタクロースの想い人

 聖アガーテ女学院大学。略してアガ大。あたしの通ってる野方のがた女学院高校の、上の大学だ。エスカレーターで上がれるやつ。キャンパスは野方女学院ノガジョからはちょっと離れたとこにある。そして、イヴちゃんは今、そこに通ってる。はずだ。昨日、美術部の部誌を読み漁って、それで得た情報だ。やっぱりね、部誌にはそういう進路のこととか他にも、色んなことが書いてあった。あたしの狙い通りだった。

「ほおお。由紀奈と同じ高校だったんだな、イヴは」

「うん」

「そして、今はその大学に通ってる、と。降矢の言った通り、学生だったんだな」

「うん」

「だいぶ絞れたな。今は三年生ってことか」

「うん」

 今日はあたしは学校から真っ直ぐ、事務所に来た。そして、淳ちゃんに昨日わかったことを報告した。ちなみに、淳ちゃんのバー巡り・夜の部の調査のほうは、特に新しい情報は得られなかったらしい。ふーん。

「それじゃあ今からさっそく行ってみるか。この俺が」

「やる気じゃん。女子大だからか。このスケベ」

「なぜ俳句。まあそうだ。JKなんてジャリには興味無いが、JDならまだいける」

「現役JKを目の前にして失礼すぎな。てかなに勘違いしてんだよ。行ったら歓迎してもらえるとか思っちゃってんですかー。なんでだよ。アホか」

「えっ。違うんですか」

「行けばその目で確かめられんだろ。でも一番確かめなきゃなのは、イヴちゃんが今も在籍してんのかどーかって事だからな。忘れんなよ」

「由紀奈はどうするんだ? 来ないのか?」

「あたしはこっちで調べる」

 由紀奈ちゃん情報網ネットでもって、アガ大にアタックしてみるつもりだ。ターゲットは絞れてるからね、ちょっと本気出してみるか。

「勝負だ淳ちゃん」

 あたしは威嚇と牽制の意思を込めて、両手の指をワニワニさせてみせた。


 淳ちゃんはいつもの水道屋スタイルで出撃して、あたしはずっとPCとにらめっこだ。アガ大の教務課に侵入し、イヴちゃん情報を探していく。えーっと、三年生からはそれぞれの学部に分かれるんだよね――

 …………無い。見当たらない。おかしい。

 と、そこで思い出した。事件性の線のことだ。イヴちゃんが何か事件に巻き込まれた可能性もあるな、とか言って、淳ちゃんが彰子さんに調べてくれるよう頼みに行ったやつ。彰子さん。そう、彰子さん。

 ――と、その時、事務所のドアががちゃりと開いた。

「こんにちは」

 ちょうどのタイミングで現れたのは、そう、その彰子さん、柏木彰子さんだった。

「へっ?」

 とんだ意表を突かれたもんだから、間抜けな声が出た。そんで、やっぱ美人だ。綺麗だ。すっごいよね。ほとんど白に近いムートンの大人なダッフルコートを着てて、それがこれまたすっごい似合ってた。

「あっ、どーぞ、そこで脱いじゃっていーです。預かるんで」

「ん、ありがとう」

 えへへ。モコモコとかちょっと触ってみたくて。おお、意外と軽い。そして高そう。いくらするんだろ。同じダッフルでもあたしの茶色のとはもう、雲泥ってやつだね。こっそり鼻をうずめた。毛糸洗いに自信が持てそうな匂いがした。


 応接スペースのソファに座ってもらい、あたしはお茶を淹れる。座ってもすごい姿勢がいいんだよね、彰子さん。

「……そう、探偵さんは今いないのね。残念」

「彰子さんあれだよね、雪永舞依さんの件」

「ええ」

「あたし聞くけど。ってか、あたしが受けた依頼だから」

「あら、そうなの」

「うん。――それで、どうだった?」

「それなら、じゃあ、由紀奈ちゃんに報告しようかしらね」

「あー待って、いくら?」

「?」

「情報料。払うし。タダじゃもらえないからね。淳ちゃん、いくら出すって言ってた?」

「そういうこと……ふふっ。私ね、お金じゃなくて、違うものを条件に出したの」

「なにそれ」

 そんなこと、淳ちゃんからは聞いてない。どういうことなんだろう。彰子さんの出した条件って何だ?

「――私と一度、食事しに行くこと」

 彰子さんは、そう答えた。

「え、なにそれ。それだったら普通、淳ちゃんからお願いするアレなんじゃないの? え、どういうこと?」

「だってあの人、全然私を誘ってくれないんだもん」

 ちょっと呆れたような、諦めたような。そんな顔をしながら、笑って、彰子さんは言った。

「私からだって持ち掛けたのに。応えてくれないの。どうして?」

「それは……」

 淳ちゃん、いっつも「彰子ちゃんひとすじだ」とか言ってたくせに、なんだよ、逆にお断りしてたんじゃん。

「彰子さんのこと、危険だって思ってんじゃない? 危ない女だー、って」

 だったら、そう思ってんのかなーって。どうなんだろ?

「あははっ。何よそれ」

「いやまー、冗談だけど……」

「間違ってはいないけどね。そう、私は、危ない女……うん、そうなの」

 うん、あたしも冗談では言ってないけど。

「でもね、だからじゃあない。違うの。あの人、そうじゃあない。もっと別。別の理由があって、私に応えてくれないのよ。そう感じるの」

「……ふーん?」

「ねえ由紀奈ちゃん、私に教えてくれない? その理由。それが条件。教えてくれたら、雪永舞依さんの件、探偵さんをデートに誘うの諦めてあげる。どう?」

「教えてって言われてもなー……」

と言いつつ、あたしは内心ドッキドキだった。彰子さん、やっぱり危ない女だ!

「あなたなんでしょう? 由紀奈ちゃん。あなたがいるから、あの人は……」

 ちょっと待って、これって殺気?! ひぃーっ!

「ち、違うって! 彰子さん違うよ、淳ちゃんは……!」

「違うの? じゃあ何?」

「…………淳ちゃんはね、まだ、のこと、引きずってんの……と、思う」

?」

 あーあ、あたし、ゲロっちゃった。うん、そうなんだ。淳ちゃんの、いなくなったパートナー。その人のことがあるから淳ちゃん、誰にもなびかないんだよ。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る