新年早々、初依頼
ベンチからだと見上げる角度だった。破魔矢を持った彰子さんの肩に、夕方になりかけの日が差してた。後光かよ、ってね。そう思うくらい綺麗だった。うわー。しかも、歌うまいんだよねこの人。警部さんだし。ちょっとぶっ飛んでるけど。まー、あたしはこの人には何ひとつ勝てない。あ、身長は勝ってる。あたしのほうがちょっとだけ高いんだ。でもそれくらいだ。
「で、家帰れないって何。彰子さん家出? 実家なの?」
「ううん? 実家は栃木だけど。じゃなくてあのね、同居人に追い出されちゃって」
「同居人だと?!」
「彼氏!」
「いいえ、女の子ですー。喧嘩しちゃったの」
「なーんだ」
「なーんだ」
「なんだとは何よ。困ってるんだから!」
「そんなひどいケンカしたの」
「うん……」
「どんなひどい喧嘩だ?」
「だから、家を追い出されるくらいのって言ってるじゃない」
「あーそれでこのスーツケース」
「うん、そうなの」
謎は解けた。これからどっか行く予定とかじゃなかったんだね。困ってるって言ってるし。
「うちに泊まればいい」
「おい淳ちゃん」
「いいの? 嬉しい!」
「彰子さんまで!」
「なんだ由紀奈、不服か? お前だってしょっちゅう泊まってるじゃないか」
「えっ。そうなの?」
「言い方。語弊。仕事でだよ。淳ちゃんの不法侵入のサポート。業務上ってやつ。しょっちゅうじゃねーし」
「そう。プライベートじゃないのね?」
「ぷ、プライベートって……!」
動揺しちゃったよ。ぷ、プライベートとか言って……おい彰子さん、今また一瞬ニヤッてしただろ。
「私が泊まるのはプライベートってことになるかしら」
「ちょ!」
「なんだ由紀奈」
「や、ダメだろって!」
「業務上ならどう? 可能かしら?」
「いいだろう」
「いや待て淳ちゃん即答すんなって。業務上って何。どーいうことよ」
「つまり、私からの」
「依頼ってことだな?」
「そう! ハードボイルド探偵事務所への」
「今年最初の依頼だな」
「どう?」
「いやそんな、どう、って言われたって――」
なんなんだよこの状況。依頼でお泊まり? 業務上だから問題ない? は? いやそんなん許さねーし。てかなんでそんな息ぴったりなんだよ……あ、そうだ!
「あーわかった!」
「な、何だ!」
「あたしも泊まりますー。これは業務上ですー」
どうだ閃いたぞ。これはいい思いつきだ。これはいい思いつきだ。
「……なるほど、考えたわね」
「ふーんだ」
顔に出してないけど、彰子さんこれ悔しがってるよね。一本取った。ざまーみろ。
「新年早々、我がハードボイルド探偵事務所に依頼が舞い込んだ。つくづく、景気のいい話だと思う」
「なんだその謎ナレーションは。あーそうだ、彰子さん、依頼料」
「ご飯おごってあげる」
「いいだろう」
「松屋じゃやだよ。てか淳ちゃん即答すんなっての」
「もちろん、松屋以外で。どこがいいかしら?」
「元日からやってる店あんの?」
「どこかしらやってるだろう」
「ファミレスもやだからね」
「タダ飯だ。ああ楽しみだ。タダ飯だ」
「ただより高いものは無いのよ……」
こうして、よくわかんない形で話がついたのであった。
「――いーけど、布団、どーするよ」
三人でひとまず事務所に向かうことにした。彰子さんのスーツケース、けっこう大きいからね。事務所に置く。それでふと気づいたのが、布団どうする問題だ。
「彰子ちゃんと由紀奈は俺のベッドで寝ればいい。女子二人なら余裕だろう」
「女子」
「なあに?」
「やだよ。臭いし」
「そうなの? ドキドキしちゃう」
「こんな事もあろうかと、新年だしな、新調した。フカフカだぞ」
「いつの間に?」
「昨日だ。だから俺はまだ寝てない」
「昨日って昨日だよね。なんで寝てないの」
「ゆ、床で……寝たから、だ……」
「あー飲み過ぎて潰れたのか」
「探偵さんの匂いの染みついた前の布団やなんかはどうしたの?」
「ついでに処分してもらった」
「それは残念ね……」
「変態」
「なあに?」
「なんでもない」
ちょっと風が出てきてた。もうすぐ五時になるとこだった。帰り道のフォーメーションは、彰子さんとあたしが並んで前で、淳ちゃんは後ろでスーツケース引いて歩いてた。彰子さんやっぱちょっと変な人だ、って思ったけど、前よりちょっと仲良くなれた気もしてたりした。よくよく考えたら、どっか適当なホテルに泊まればいいってだけの話だったのかもしれないけど、そんなこと言い出すのも無粋ってもんだよね。
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