サンタクロースは飲んだくれ

 はしかみセンパイのノーブルなノリに持ってかれちゃって、また降矢さんち行ったけどちょっとは収穫あったし(イヴちゃんの写真は無いってこと)、それよりも、降矢さんが絵を書き始めたのと、美術部のコーチをやることになった、っていう二つのいいことがあって、降矢さんのほうにむしろ、収穫あったって言えるんじゃないかな。

 みたいなことを、淳ちゃんに報告した。報告しながら、『イプセン』のカウンターで二人で飲んでた。烏龍茶をね。

「――そうか。それは良かったな」

 淳ちゃんの方はというと、彰子さんのとこまで行って、一年前のこの時期の失踪事件について調べるよう頼むついでに、昼間っから飲み歩いてたらしい。

「飲み歩いてたって、何。淳ちゃん飲めないくせに」

「言葉の綾だ。俺は烏龍茶しか飲んでない」

「ずっと彰子さんと一緒だったのかよ」

「言葉の綾だ。あいつも忙しいみたいだったからな、用件だけだ」

「『あいつ』って、何その呼び方」

「言葉の綾だ」

「さっきから何だよ言葉の綾言葉の綾って」

「まあまあ、由紀奈ちゃん。格好つけたい年頃なのよ、淳ちゃんは」

 バー『イプセン』のマスター、箕浦みのうら美智雄みちおさんが、バックヤードから出てきて言う。

「なんだそりゃ」

「はい、どうぞ。オムライスでーす。お疲れ様、お二人さん!」

「待て待て、なんだこれは。どうして皿がひとつなんだ」

 マスターが出してきたのは、特大の皿ひとつにでーんと乗っかった、特大のオムライスだった。ケチャップで『SKULL』って書いてある。どういう趣味だよ。

「どういう趣味だよ。ウケる」

「二人で仲良く食べてね。うふん」

 五十過ぎのテカテカしたオネエなおっさんだけど、あたしはこの人、好きなんだよね。まー、こういう仕事してるから、人に好かれるキャラなのは当たり前か。さすがだな、って思う。

「いただきまーす」

 あたしは食べるよ、お腹すいてたからね。淳ちゃんは何を照れてんのか、ひるんでる。そうか、あたしとオムライス共有するのがそんなに嫌か。ならいいよ、あたしが全部食べてやる。

「んで、淳ちゃん、なんだっけ? 飲み歩いてたって話」

「ああ、降矢はイヴと一緒に、よくバーで飲んでたって話だったよな?」

「うん。そんで、降矢さんの行きつけだった店は、潰れて無くなってた」

 店の名前は降矢さんから聞いてた。それで調べてみたら、入ってたビル自体が再開発で取り壊されて、店は移転もしないでそのまま畳んじゃってた。

「そうだ。だから、ここら近所のバーというバーを総当たりしてたんだ」

「総当たりって、本気か」

「ほんの二十五軒だ」

「昼間っから開いてんの?」

「意外とな。準備中のところも多かったが、お構いなしだ」

「ただの嫌がらせじゃん」

「ちゃんとどの店でも一杯頼んで飲んできたぞ。こう見えて俺は律儀なんだ」

「逆にうざいね。何、烏龍茶のロック頼んだの? いちいち変な顔されて?」

「恥を忍んでこそのハードボイルドだ」

「のくせに、オムライス共有は嫌がるんだ。あっそ。で、それで何かわかった?」

「色々わかったぞ。まず、『イヴ』は二十歳だ」

「へー」

「一年前に二十歳だから、今は二十一だな。『ハタチになったからお酒を』うんぬんな会話をしたり聞いたりしたバーテンダーが、数人いた。降矢の顔写真も見せた。連れの女がそう言ってたと。だからまあ、確かだろう」

 ちなみに降矢さんの写真は、ネットで拾った。イヴちゃんのは何も出てこないのにね。降矢さんは楽勝だった。ちなみに彼のウェブサイトは、どこかに依頼して作ってもらったものらしくて、そして今は当然、更新は止まってる。

「なるほどねー。淳ちゃんやるじゃん」

「どうだ、探偵らしいだろう」

「今回は助手だけど」

「はいはい、そうだったそうだった。あともうひとつ。降矢の評判なんだが」

「うん」

「良くはなかった。イヴと出会う以前はそんなでもなかったんだがな、絵が売れ出して、飲みに来る回数が増えたことは増えたんだが、イヴと付き合い出してからは、かなりの頻度になったらしい。ほぼ毎晩、だ。しかも、明け方までずっといる。イヴもだ」

「太客じゃん?」

「ちゃんと金を払えばな。だが、ある時期から、払いをツケにするようになってだな。それでも何度かはまとめて払っていたんだが、最後の方は払わなくなった」

「最後のほう?」

「十二月だ。去年の。そしてイヴが消えて、降矢も店に現れなくなった。そして、店自体、無くなった。移転して営業を続ける話もあったんだがな」

「降矢さんのせいでその話も無くなった?」

「いや、そこまではわからんな。ともかく、そんな話を聞いた」

「へえー。そっか、降矢さん、そんな感じだったんだ……」

 無害な人ってイメージだったけど、そんな闇もあったんだ。イヴちゃんと明け方まで遊んでたら、絵なんてその時からもう描いてなんかいなかったろうし。イヴちゃんがいなくなって絵が描けなくなったって、降矢さん自分では言ってたけど、あれ、嘘だ。

「――由紀奈。煙草、吸っていいか?」

「ん、いーけど。あ、その前にこれ、残りぜんぶ食べて。あたしもーいらない」

「お、おう……由紀奈お前、結構食ったな」

「げふ」

 ……なんか、全部うまくいけばいいな、って思った。イヴさん見つけて、ヨリ戻して、絵もちゃんと描くようになって……ま、絵は描くつもりになってたみたいだけどね。


「由紀奈ちゃん、気をつけて帰るのよ~。特にそのハンサムにね!」

「え、ハンサム? え、どこどこ?」

「つまんないから。ほんとつまんないから。やめな」

 あたしと淳ちゃんは、降矢さんたちみたいに長居はしない。オムライスが終わると、淳ちゃんも飲むわけじゃなく、イプセンを出てあたしを送ってくれた後は、家(事務所)に引き上げるって言ってた。






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