サンタクロースのオープンキャンパス

 聖アガーテ女学院大学アガ大、年内最後のオープンキャンパスに、淳ちゃんとあたしはやって来た。

「さあ、着きましたわ!」

 はしかみセンパイんちのリンカーンに拾ってもらい、そして降ろしてもらった。参加者のふりをしとけば、こちとら現役のJKだ、堂々と入れる。土曜日だから、教務課とかも手薄なはずだ。

「センパイありがとねー。うちの事務所からけっこーすぐだったね」

「徒歩圏内ですわ!」

「左様です……」

 椒センパイは、いつも通り芳賀さんが一緒だ。芳賀さんに休日は無い。

「唄野さんは何でも屋さんがご一緒なんですのね!」

「まあな。一応親族だから、問題無いだろ?」

「旅は道連れですわ!」

「左様です……」

「なんのこっちゃ」

 あちこちに貼られた案内の表示の通りに歩いていって、受付を済ませた。説明会や相談会が色々とあるみたいで、渡されたパンフに時間と場所が書いてあったけど、基本的に行動は自由みたいだった。文字通りにオープンなキャンパスだった。これだと別に、センパイと芳賀さんいなくても平気だったかな?

「唄野さん! ご存知でいらっしゃいます?」

「え、何が?」

「こちら、アガ大には、降矢さんの絵が展示されてありますの!」

「へー、そーなの」

「ええ! 実はわたくし、インターネットにて降矢さんの作品を何点か拝見いたしましたところ、とても心惹かれるものがございましたゆえ、ぜひ何としても実物を鑑賞致したく思い立ちますも、残念なことにそれらを一時いちどきにひとつ所に集めますのは甚だ難しく、一点一点、その所在の判明しておりますものを尋ね歩くより他無いものと判りますれば、さてはその手始めにと、最も身近にありましたのが、こちらアガ大の所蔵するところのさる一点でして、折よく本日開催のオープンキャンパスの機会を得ますれば、降矢さんをご紹介下さいました唄野さんにもぜひ一緒にとお誘い申し上げたく、昨日お電話差し上げました次第でしたの!」

 つまり、降矢さんの絵が見れるらしい。

「へー、そーなの」

「そういえば、どんな絵描くんだ? 俺知らない」

「なんで俳句。あたしはネットでちろっと見たくらいだなー」

「いわゆる、宗教画ですわ! そしてそれは、こちらですわ!」

 椒センパイはいつの間にか、喋りながらあたしたちを誘導してた。そこは礼拝堂に向かう廊下の一角で、天井に明り取りの窓があるけど、日光が直接当たらないっぽい、絵画にはちょうどいい場所だった。等身大一歩手前くらいの、かなり写実的な全身像がひとつ、飾られてた。

「おーすげー」

 やっぱ、大きい絵ってそれだけで迫力ある。って、それだけじゃないんだけど。

「感激です! やはり、実物は違いますわ!」

「これはあれだな、バロックってやつだ。誰かキリスト教の聖人を描いたんだろう。そうか、アガ大はキリスト教の学校なんだもんな」

「へー」

野方女学院ノガジョもそうなんだろ?」

「全然意識してなかった。センパイ、知ってた?」

「うちは仏教ですわ!」

「ま、そんなもんだ」

「左様です……」

 ふーん。センパイはともかく、淳ちゃんもなんか知らんけどまじまじと絵に見入ってる。こういうのも好きなんだ? ちなみに今日の淳ちゃんは、いつぞやと同じ、明治の書生ふうな格好をしてる。よくわかんないセンスだ。

「解説してよ」

「いいだろう。この絵は、十七世紀辺りによく見られるスタイルだ。ちなみに十七世紀というのは、西暦千六百一年から千七百年までの百年間を指す。特徴としてはだな、明暗のコントラストが大きく描かれ、対象物の立体感が物凄い。カラヴァッジオなんかが有名だな。俺も好きだ。劇的すぎる描写がたまらないんだ。美しい。降矢もこういうのを描くんだったとはな。これは、同じ時期のスペインの画家、スルバランに近いかも知らん。そんな印象だ。それにしても、人は見かけによらんもんだ。俺は一瞬しか奴の顔を見てないが」

「ふーん」

「何でも屋さんも見かけによらず、絵画にもお詳しかったんですのね! 意外ですわ!」

「まあな。描いたりはしないがな。俺にはせいぜい、モデルをやるくらいしか務まらん」

 モデル、辞めたくせに。まーいいけど。ただ、降矢さんの本気の絵ってのがほんとに凄いってのがわかった。イヴちゃんも美術部だったしね。そっか、降矢さんに出会う前に、ここでこの絵をイヴちゃん見てたってことになんのか。はー、そりゃ惚れるかー。

「来た甲斐がありましたわ!」

わたくしもそう思います……」

 芳賀さん、センパイを絵で釣ったってことだよね。昨日、淳ちゃんに頼まれて。センパイがいくら単純な性格してるったって、あたしを一緒に誘うってとこまでしっかり誘導したってことだから、すごいね。

「それで、何でも屋さん、この描かれてます聖人さんは、どなたでいらっしゃるのか、おわかりになります?」

「ああこれは、ええと……そうだな、ラザロか……ヨハネか……」

 知らんけど。センパイはまだ絵に夢中だ。どうせアガ大ここにそのうち入学するのにな。――と、ちょっと手持ち無沙汰なあたしは、絵の傍らにあったマガジンラックに挿してある、何かのパンフレットみたいなのに気づいた。一枚取ってみた。なんか、学内の新聞みたいなやつだった。自治会報とかって書いてある。

「自治会? 生徒会みたいなもんかな?」

 めくってみると、先月、十一月にやってたらしい学祭のことが書いてあった。盛り上がりましたねー、みたいな記事が載ってて、『ミス・聖アガーテ・コンテスト』て書いてあるのが目に入った。ミスコンなんてやってんの、しかしそのネーミングどーなのよ、とか思った瞬間、なんと!

『準ミス・雪永舞依さん・文学部美学美術史学科三年』

の文字が目に飛び込んできた。まじか。

「うひょー!」

 そりゃ声も出るよね。

「淳ちゃんっ! こっ、これっ!」

 そりゃ取り乱すよね。

「うおっ」

「あなや!」

「おめでとうございます……」

 みんなもびっくりだ。

「来た甲斐あったね……」

 ただ、写真は載ってなかった。や、載ってても白黒印刷じゃいまいちだったろうからいいけど。まー、これで教務課侵入とか危ない橋渡らなくて済んだな、と思いつつ、そうだ、学祭のサイト見ればいいじゃん! とひらめいて早速検索した。いやー、盲点だったなー、と今年のミスコンのページを開いてみる。

『404 Not Found』

 なんでだよ。なんでだよ。

 403 Forbidden だったらまだ、あたしの力でなんとかできたのになー。






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