ボディガードのお洒落なカフェ

「……という訳なんだ」

「へえー。おじさんも大変なんだね」

「師匠」

「そうだった。師匠、師匠」

 どういうわけか俺は、幹彦少年にそんな身の上話を打ち明けていた。静かな公園を走りながらの告解だった。

「……誰にも言うなよ?」

「ぷっ。誰に言うっていうのさ。それに、ジョギングしてる人って、半分くらいはダイエットが目的なんじゃあないの? で、師匠はどうなの? 成果は出た?」

「ぐぅ……」

「出てないんだね。ま、そういうのは積み重ねだよ。そんなすぐに痩せられたら、誰も苦労しないもんね」

 女子みたいなのくせに、口はなかなか達者な小僧だ。俺がこのくらいの歳だった頃なんて、もっとアホだったぞ?

「幹彦、お前のほうこそどうなんだ? ……と、言うまでもないか、そのジャージ、丈はぴったりなくせに、だぼだぼだもんな」

「うるさいなあ。走れる距離は伸びてきてるんだから、確実に成果は挙がってるって」

「中三だろ? 受験なんじゃあないのか?」

「ん、んー、そっちは平気……」

 そこでちょうど、いつものベンチに到着した。

「ふぅ……もう二周したんだね」

「ああ、おれは三周目だがな」

「今日は喋りながらでゆっくりペースだったからかな? まだ元気だよ、僕」

「そうか、じゃあもう一周いくか? 俺も走り足りない気がしてる」

「うん。じゃあ、次はお喋り無しで!」

「やれるのか? 俺についてこれるか?」

「はーいもう黙って! 男のお喋りは――」

「ああ、みっともない」

 そうして幹彦と俺は本気の一周へと向かった。とは言っても、俺のほうは手加減ありだ。こいつに途中でぶっ倒れられても困るからな。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

「……よく最後まで走れたな、幹彦」

「ぜぇ、ぜぇ……ま……まだまだだね、僕は……」

「そう言うな。んなこと言ったら、俺だってまだまだだ」

 俺は自分の脇腹の肉を掴んで、その厚みを確かめる。漸進はしてるが、残念ながらまだまだだ。

「師匠……明日なんだよね? その部長がまた来るのって……で、身体測定……」

「ああ」

「大丈夫なの……?」

「策はある」

「ふーん……うん、もう大丈夫だよ、もう歩けるから……」

「体、冷やすなよ」

「わかってるって……!」

 今夜はもうおしまいだ。俺は家(事務所)へ向けて走り出し、幹彦は頼りなさげな背中を見せて、自分の家の方角へ歩いていく。明日以降も、彼は走り続けるんだろうな。俺はどうだろうか。まあ、明日の結果次第か。それが出てから、考えればいい。



 さて、審判の日がやってきた。俺はせめての悪あがきにと、ゆうべから食事を抜いている。午前中には、ひと走りどころかふた走りした。この際、多少の悪目立ちは我慢の助だ。そしてとっておきの秘策の用意を整え、いざその時を待ち受ける。俺の予期した通り、由紀奈はいつも通りの同じ時刻に、優希絵を伴って事務所に来た。

「よーす」

「ごきげんよう!」

「はいごきげんよう。やっぱり一緒だったんだな」

「あたしは嫌だったんだけど」

「言いますわね! 無礼ですこと!」

「教室の入口ふさいで待ってんだもん」

「当然ですわ! ここまでの道がわかりませんもの!」

「はいはいそーですね。まーいーや。淳ちゃんほら、お茶出して。今日は紅茶がいいなー」

 むう。由紀奈単体ならいつものことだから何とも思わんが、女子高生二人がいっぺんに現れたとなると少し気分が違うものだ。まだ日が高いのもある。普段の飾り気の薄い殺伐とした事務所に、若々しさの華やぎがブレンドされて見違えた。JKの集まるオシャレカフェのマスターにでもなったような気分になった。ハードボイル道からは少し逸れるが、悪くない。ならばちょっくら気を利かせて、ひとつイカした音楽でもかけてやるか。

 ♪~

「おい淳ちゃん何かけてんだよ」

「ベートーヴェン師匠の『大フーガ』変ロ長調、作品133だが? 知らないのか?」

「知ってるけどそーじゃなくて」

「気持ち悪いですわ!」

「ほらー」

「すみません……」

 と、その時、事務所入口のドアがガチャリと音を立てた。中にいた俺ら一同は、一斉にそちらに注目した。二週続けて珍しいこともあるものだと、そのゆっくりと開いていく様を睨みつける。そしてすると、ドアの向こうから出てきたのはなんと、かの幹彦少年だった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る