ボディガードと女学院

 突如として現れた訳じゃなく、ずっと事務所にいたという謎の執事、芳賀はが。由紀奈いわく、彼は俺に話があるということだったが……なんだろう? 訊いてみるか。

あつし様には明日より、優希絵お嬢様の通われている野方のがた女学院高校へお出で頂くこととなりましたが……」

「ノガジョ!」

 これは驚いた。野方女学院ノガジョと言えば、そこら中に名の通ったお嬢様学校じゃないか。まあ、優希絵はあの通りのテンプレお嬢だったからそっちは問題無いが――

「なんだよ」

 こいつだこいつ。この遠慮無しに俺を鋭く睨んでくる口の悪い由紀奈も、まさかそんな学校に通ってるとは。まじかよ。今の今まで知らなかった。

「悪いかよ」

 これ以上驚いていては由紀奈の機嫌を損なう。ここはひとまず、芳賀の話を聞くことにしよう。

「そこでわたくしから、ひとつあつし様にお願いしたい事がございまして……」

「何だ」

「ヌードデッサンのモデルと一緒に、優希絵お嬢様の護衛を引き受けてはいただけませんでしょうか? もちろん、費用はいくらでもお出しいたします……」

 いくらでも、だと?

「よしわかった、やろう」

 俺は引き受けた。

「もっと詳しく聞いてから返事しろって。まーいっか。いくらでもって言うんだし。で、芳賀さん、護衛ってのはなんで? センパイって、なんか狙われてんの?」

 俺がこんなふうにちょっとばかり適当ぶっこいても、放っとけば由紀奈が勝手に話を進めてくれる。つくづく、有能な助手だ。というか、俺は腹が減った。

「それがですね……」

 芳賀は語り始めた。

 彼の言うところによると、優希絵は実は巨大財閥であるはしかみコンツェルンのド中心、はしかみ家ご本家のご令嬢であり、そんな大企業の大社長の娘で大会長の孫とくれば、まあ、その日常は危険と隣り合わせだ。これまでにも幾度となく、身代金目的の誘拐やら拉致やら、あるいは逆玉狙いに言い寄る男だの何だのと、様々な危機に遭ってきたらしい。

 ……言い寄るとか、あんな小娘にだぞ? ううむ、そういうのがいてもおかしくない世界なんだろうな、要は金だ。いかがなものか。俺は金なんかよりむしろ、愛が欲しい。愛を求めてやまない孤独のハードボイルドだ。さあ、どっちが格好いい? もちろん後者、この俺だ。おっと、話が逸れたな。

 とまあ、そんなハードな境遇に生まれた彼女だが、それでも無事ここまで健やかに成長し、野方女学院ノガジョにおいて、美術部の部長まで務めるようになった。しかも、もう間もなく行われる生徒会選挙にて、生徒会長に立候補しているという。対抗馬もいなくは無いが、どうやら圧倒的に有力、当選確実と目されているらしい。持って生まれた器のでかさ、なんだろうな。ブラのカップは小さいが。

「陽の当たる存在、と言って差し支えないお方かと存じます。しかし、それゆえに、日射しを遮られたと不平を洩らすかげり者というのもやはり、湧いて出てくるものでございます……」

 ねたみ、ひがみ、そねみ、か。その輝きがまばゆいほど、影も濃くなる。人の世の常だ。

「加えてこの歳末でございます、よからぬ事を企む輩が、いつ現れてもおかしくはありません。日中は学院の警備がありますが、放課してのちは、人の出入りも多くなります。かといって、お嬢様の課外活動をお止めする権利は、わたくしどもにはございません。美術部の活動は、お嬢様にとって非常に思い入れの強いものでもありますので、なおさらのことでございます……」

「優希絵はそんなに美術が好きなのか」

「左様です……これまで、ひと通りの習い事はなされておいでなのですが、とりわけ美術に、まだ小さい頃から強くご関心を示されまして……近頃では、中でも男性像などにご執心で……」

「ぶっ。なーんだ、美術部としての依頼とか言ってたけど結局、センパイの個人的な趣味なんじゃん?」

「まあそう言うな。俺がそのモデルをやれば、彼女の護衛も同時に務まる。しかも、女子高に正々堂々と侵入できる大義名分のおまけつきだ。そういうことだろう、芳賀さん。よく考えたもんだな?」

「え、ええ……」

「考えたのは私よ」

「だ、誰だ!」

 突然、別の男の声が割り込んできた。

「……って、なんだ、ママか」

 今日はずいぶんたくさん人が来る。バー『イプセン』のママ(マスター)が、したり顔をして事務所の入口に立っていた。






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