第88話 バレンタイン記念(何でも許せる方向け)

世界観丸無視のバレンタインネタです。

しかも新刊時系列で書き始めちゃいました……。すみません。

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 最近、城の女性たちがうずうずそわそわしているようにも思えてエデルは内心首を傾げていた。


 何かに不安がるような空気ではなく、むしろ何かが待ち遠しいとでもいうような。

 侍女たちのさえずり声が聞こえてきたのはそのような日々の中でのことだった。


「あなたは誰にチョコレートを贈るの?」

「先日見かけたあの紳士ではなくって?」

「そういうあなたはステイスカ卿とレイニーク卿のどちらが本命なのよ?」


 どうやら男性に何かを贈る算段を相談し合っているようだった。


「ガリューとヴィオスの誕生日……ということでもなさそうだけれど」


 と独り言を漏らしながら、そういえば二人の誕生日を知らなかったことに気がついた。国王の側近兼友人という間柄のため、そう近しい距離で接するわけでもない。

 でも、二人の誕生日が例えば同じ月だったりしたならば、そのような話題がこれまでに上がるような気がしないでもない。


「何でもバレンタインという行事が近々あるのだそうですよ、妃殿下」

「バレン……タイン?」

 侍女たちの噂の種を教えてくれたのは護衛騎士のクレシダだ。


「はい。東のとある国では、二月十四日に好きな男性にチョコレートなるお菓子を贈るのだそうです。この日は女性から愛の告白をすることが許されているのだとか」

「初めて知りました」

「昨秋イプスニカ城に召喚された娘たちは海を介した交易に縁のある家々の出身ですから、遠い異国の習慣を聞く機会も多くあったのでしょう」


「もうすぐ二月十四日だから浮足立っているのですね」

「イプスニカ城にはたくさんの男性がいますから、皆チョコレートを贈るという行為を行ってみたくて仕方がないのですよ。ここにはお目付け役の親や家庭教師もいませんし」

「チョコレートというお菓子……? は簡単に手に入るのでしょうか?」


 興味が湧いたエデルがクレシダに質問をすると、彼女も最近侍女から聞かされるまで知らなかったそうだ。

 チョコレートなるお菓子の入手方法なら出入りの商人の方が詳しいのではないか。そのような助言をもらい、エデルはさっそく女官長を探すことにした。


「妃殿下のお耳にまで入ってしまったのですね」

 ヤニシーク夫人は、やれやれとでも言うかのように数回首を左右に振った。

「いいではありませんか。職務をおろそかにするのであれば注意が必要ですが、ささやかな楽しみは大目に見ましょう」

「すでにステイスカ卿のお耳には入っているようで、当日を楽しみにしていらっしゃるようですわ」

「まあ……」

 これには苦笑を禁じ得ない。

 さすがはガリューと言ったところか。


「あ、あの……、ガリュー様がご存じだということは、オルティウス様もバレンタインなるものをすでに知っておられるのでしょうか」

「申し訳ございません。そこまでは……」

 ヤニシーク夫人が深々と頭を下げる。

「いえ。むしろわたしの方が聞きやすいですよね」

 とはいえ、夫に真正面から尋ねるのも気が引ける。

 なぜなら、エデルもちょっぴり、いやかなり、この行事に心惹かれているから。


「妃殿下のために御用商人を召喚しないといけませんね」

「……ありがとうございます」


 女官長には全てがお見通しだったようだ。

 少々居たたまれなくなったが、本来の目的でもあったためエデルは照れながら礼を言った。



 王妃たっての願いと聞かされて断る商人などまずいない。

 イプスニカ城から召喚依頼を受けた商人はさっそく大きな荷物と共に登城した。

「こちらからホワイトチョコレート、ミルクチョコレート、ビターチョコレートでございます。甘いものがお好みでしたらホワイトチョコレートを。チョコレート本来の風味をより強く感じたいのでしたらビターチョコレートをおすすめいたします」


と、商人が取り出したさまざまなチョコレートをエデルはリンテたちと一緒に感心しながら眺めた。


「お味見いたしますか?」


「わあ、いいの? じゃあ一番甘いのから」


 リンテが嬉々とした声を出した。


「リンテ。あなたは……」

 小声を漏らすのは同席するミルテアだ。

 せっかく商人を呼んだのだから、ミルテアにも声をかけたのだ。


「ん、甘くておいしいっ。世の中にはこんなにも美味しいお菓子があるのね」


 リンテが手放しで賞賛するのでエデルも興味が湧いた。

 自分も、と味見をさせてもらうと彼女の絶賛する意味が分かった。これは……かなり美味しい。口の中で転がすと溶けて甘さが広がるのだ。


 瞳を煌めかせると最終的にはミルテアも味見の輪に加わった。

 結局のところ、好奇心を刺激されたのだ。


「こちらはタブレットタイプで中にフレーバーガナッシュが……」

「こちらはトリュフチョコレートでございます。味は定番のミルク・ビターから果実フレーバーまで各種……」

「こちらはジンジャー、それからオレンジピールをチョコレートでコーティングしておりまして……」


 などなど。様々な種類があり、どれを選べばいいものかさっぱり見当もつかない。


「全部美味しかったから一種類ずつ欲しいわ」


 さすがは王家の姫。リンテはこういう時の買い物に遠慮がない。


「だめに決まっているでしょう。虫歯になります」

「えええ~」

 母からかかった待ったの言葉にリンテが頬を膨れさせる。

 やはりミルテアはこのような時も現実的である。

 親子が押し問答を始める横でエデルは真剣に悩む。


 オルティウスは一体どのチョコレートがお気に召すだろうか。

 一種類を選ぶと外した時の傷が深くなる。

 やはり最愛の夫には喜んでもらいたい。


「このように一つの箱の中に複数種類お詰めすることもできますので」


 商人が助け舟を出してくれた。


 色々なチョコレートを楽しみたいという需要に合わせたコンプリートボックスも完備しているようだ。


「じゃあそれで!」


 さっそくリンテが食いついた。


 結果として女性陣はそれぞれチョコレートの買い物を楽しんだのだった。


 * *


 そうして訪れた二月十四日。

 今日がバレンタインの当日である。


 その日は朝からそわそわしっぱなしで、オルティウスには早く戻って来てほしいなあと思ったのだが、それを伝えるといかにも何かありますと宣言しているようなもの。

 結果としていつも通り見送ったのだが、日中は気もそぞろで、エデルは手慰みで初めた刺繍の手を止めてばかりだった。

 この時期の日暮れは早く、太陽が西の地平線へ隠れる頃には胸の鼓動は速まるばかり。

 執務を終わらせたオルティウスと一緒に夕食を取り、いつもなら暖炉の前で寛ぎのひと時を迎えるのだが。


 心臓がバクバクしてとってもうるさい。

 食後酒を嗜むオルティウスは当然というか、エデルの挙動不審にはとっくに気がついていた。


「今日は何か落ち着かない様子だが、何かあったのか?」


 あるにはあるのだが……。


 彼に気付かれていた時点でささっと告白に移った方がいい。

 エデルは席を立った。


 チョコレートの箱を手に持ち、息を吸って吐く。

 結婚して何年経とうが告白をする前は緊張するものなのだと改めて感じ入る。


「あの……、オルティウス様」

「どうした?」


 夫は怪訝そうに首を僅かに傾ける。


「じ、実は……今日は、バレンタインなる行事の日でして……」


 違う。こういう前置きが言いたいわけではなく。

 緊張に体温が急激に上昇するのを感じながら、エデルはオルティウスにチョコレートの箱を差し出した。


「オルティウス様、好きです! 受け取ってください」


「ありがとう」


 この告白の仕方はバレンタインが盛んな東の国では定番とのことだ。


 箱を差し出されたオルティウスは目を丸くしたままエデルから箱を受け取った。

 何なのだろうと訝しがっても、好きという言葉に悪い気はしないらしい。


「開けてもいいか?」

「もちろんです」


 目線で隣に座れと促され、エデルは再度彼の隣にちょこんと座った。

 すぐに背中に腕を回されて引き寄せられる。

 そしてエデルを包み込む状態でオルティウスが受け取った箱を開いた。


「これは……?」

「チョコレートという名前のお菓子です」

「初めて見るな」

「とても甘くておいしいのですよ」


 エデルは箱の中身を説明した。

 

 オルティウスが選んだのは甘さを抑えたトリュフチョコレート。口の中に含み転がしながら、その顔が破顔する。

 どうやらお気に召したようだ。


「酒にも合うな」


 もう一つ、と口に入れて機嫌よく笑う。


「エデルも食べたのか?」

「はい。わたしは購入の際いくつか試食させてもらいました」

「どれが気に入った?」

「ええと……、ホワイトチョコレートも美味しいかったですし、ビターもほろりと苦くて美味しく。それからアーモンドガナッシュ入りのこれも美味しいですよ」

 気付けばほぼ全部を褒めていた。


「そうか。大好きになったのだということが伝わって来た」


 そう言ってオルティウスが一粒摘まみエデルの口元へ持ってくる。


「これは、オルティウス様に差し上げたので」

「そうだ。俺がおまえに食べさせたいんだ」

 オルティウスが瞳を柔和に細めた。

 この眼差しに弱いエデルは小さく口を開いた。

 食べさせてもらったチョコレートは甘くて。その甘さに打ち震えているともう一つと差し出される。


 ひな鳥よろしくオルティウスからいくつものチョコレートを食べさせてもらったエデルははたと気がついた。


 これではいつもの光景と変わらない。

 今日は女性から男性に告白が許されている日なのだ。


「あの、わたしもオルティウス様にチョコレートをお召し上がりになっていただきたいのです」


 その直後。

 エデルの唇が塞がれた。

 吐息を漏らす暇もないほど深く口付けられて。

 

「甘くてうまい」

「オ、オルティウス様……」


 そういう意味ではなかったのだが。

 瞳に込めた小さな抗議も彼にとっては児戯も同じなのか余裕たっぷりに笑みを返される始末。


「今日は好きを伝える日なのです。大好きです、オルティウス様」


 それ以上の言葉は言わせてもらえなかった。

 

 再び落ちてきて口付けに酔ってしまうかと思った頃、ようやく唇が離れた。

 抱きかかえられたエデルが降ろされたのは寝台の上。


 二人はこの日、チョコレートよりも甘い夜を過ごしたのだった。


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 あとがき


バレンタイン記念のSSです。

世界観丸無視の何でもありな感じで書いてみました。(バレンタインなので)


冒頭に書きましたが、うっかり新刊時系列で書いてしまいました。

小説最新刊が3月23日にメディアワークス文庫より発売します。

『黒狼王と白銀の贄姫 辺境の地で最愛を育む』1巻


新シリーズ1巻とありますが、前回から含めて4冊目に当たります。

心臓が口から飛び出るほど緊張しています!!


皆様何卒、何卒宜しくお願い致します(土下座)

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