WEB版 黒狼王と白銀の贄姫【小説新刊3/23発売】

高岡未来@3/23黒狼王新刊発売

第1話 王の婚姻

 自身の婚姻が決まった。


 つい先ほどまで行われていたのはオストロム王国の国王であるオルティウスの花嫁を選ぶ会議。

 それは華やかさのかけらもない、ただの政治的駆け引きだった。


「陛下、それで無事に将来の伴侶は決まりましたか?」


 近衛騎士と侍従を連れて王の執務室へ連なる前室へと足を入れると、待っていましたとばかりに側近の一人であるヴィオスが声を掛けてきた。


「ああ。決まった」

「どちらのお方に?」


 少し面白そうな声を出したのはもう一人の側近であるガリューだ。


 二人とも王であるオルティウスと同じ世代の青年で、ガリューだけオルティウスとヴィオスよりも一つ年上の二十五歳。灰混じりの緑の瞳を好奇心にきらめかせている。


「ゼルスの王女に決まった」

「なるほど。レシウス卿にこれ以上一歩前を歩かれることを厭った狸どもが案外に多かったというわけですか」

「おい」


 くっく、と面白そうにガリューが笑うと、ヴィオスが隣で腕を軽く小突いた。


 こちらはガリューとは違いいたって生真面目に姿勢を正している。深い青色の瞳には友人への呆れの色を宿しているが。


「レシウス卿は最後まで粘ったが。俺……いや、私としてはどちらでもいい」

「この場ではそこまでかしこまらずともよろしいのでは」


 王位を継いでまだ数か月のオルティウスはつい砕けた言葉遣いをしそうになって、言い回しを改めた。


 ヴィオスとガリューとは小さいころから付き合いのある友人でもあった。そのためつい気安い空気になりそうになるが、部屋には近衛騎士の姿もあるし、扉の隣には侍従も控えている。そろそろ王としての振る舞いに慣れなければならない。


 ヴィオスが目視で侍従と近衛騎士を見やった。

 心得たそれぞれの役職の男たちは一礼をして部屋から出て行った。

 オルティウスは肩の力を少しだけ抜いた。


「ゼルスの王女ですか。彼の国は敗戦国ですから賠償金と共に姫を差し出せと言われれば差し出すしかないでしょうね。たとえ和平のためとはいえ、彼らからしてみればオストロムは未だに蛮国も等しいでしょうから、屈辱的ではないかと」


「ガリュー、言葉を慎め」

「失礼しました、陛下」

「まったく。おまえ、これが表だと不敬罪で縛り首だぞ」


 必要以上に丁寧な礼をして王の前に首を垂れる仕草をするガリューに、ヴィオスが呆れたように肩をすくめ、オルティウスはまぜっかえした。

 昔から、歯に衣着せぬ物言いをするガリューを生真面目な顔をして叱るのがヴィオスの役目だった。


「ええ。ですから私的な場所でしか言いませんよ。さすがの私も」


 まるでいたずらっ子のような顔つきの側近にオルティウスは笑った。


「しかしまあ、ゼルスやもっと西側の国からしてみたらオストロムは未だに馬にまたがり狩りをしながら暮らしている前時代的な民族だと決めつけているからな。きっとゼルスのお高く留まったお姫様にはこの国での暮らしは耐え難い屈辱だろう」


 オストロム王国は建国二百年ほどの若い国で、騎馬民族の流れを汲む血気盛んな勇猛な気質を持っている。

 馬を操り剣や長槍で相対すれば怖いものなしの異名を持つ民族でもある。現在でもその血は受け継がれ、この国の男たちは皆勇猛で強い。


 黒い髪に青い瞳を持つオストロムの人々と違い、ゼルスを含む西北地域の国々の人々は銀色の髪に紫色の瞳を民族的特徴として持っている。

 

 彼らは元は定住せずに狩猟を行っていた騎馬民族でもあるオストロムの人々を野蛮人と蔑んでいた。

 しかし今では狩猟から農耕へと生活基盤を変え、都を作り、西側と同じ神を信仰するようになった。建国から二百年も経てば国も文化も成熟する。しかし周辺国の評価はいつまでたっても変わらない。


「ゼルスの白い薔薇と呼ばれているそうですよ、ゼルスの王女は」

「ふうん。さすがはガリュー、情報通だな」

「それが私の売りですから」


 ガリューは昔から人に警戒心を抱かせない性質だ。そのくせしれっと毒を吐くこともあるのだが、人前ではきちんと猫をかぶっているとは本人の言だ。


 共に戦場で馬を駆ることもあるが彼の場合その後の交渉役で重用している。今後は外交や各種対外交渉事でその能力を発揮していくことだろう。本人もそれを望んでいる。


「白い薔薇の姫君は大層気位が高く高慢で、その美貌を笠に着て国内で華やかな暮らしを満喫されているとか。お気に入りの騎士を集めての茶会や音楽会を頻繁に催し、舞踏会では女王のようにふるまうとかなんとか」


 続けたガリューのうわさ話にオルティウスは早くも頭痛がしてきた。それは絶対にオストロムとの婚姻というだけでご機嫌を損ねそうだ。


 ガリューが無責任に「陛下、こういうのは最初が肝心ですよ」などと妙に分かった風な口を利いていると扉が控えめに叩かれた。


 侍従の後に続いて顔を見せたのは宰相だった。

 ヴィオスの父でもある、レイニーク宰相だ。多くの宰相を輩出するレイニーク家の嫡男でもあるヴィオスは父の顔を認め一礼をし、ガリューの腕を掴み部屋から出て行った。


「陛下。さっそくですが、今後の予定でございます」


 父であった前国王よりも少し年上の宰相は年相応の皺を顔に浮かべ、オルティウスに書類を手渡した。

 ざっと目を通すと、ゼルスへ遣わす書簡の草案と、姫を迎えるにあたっての大まかな予定が書かれていた。


「仕事が早いな」

「婚姻までに時間があまりございませんから。戦争が続き前王の急逝と、暗い出来事が続いておりました。国王であらせられるオルティウス様の婚姻は民にとってもよい知らせになりましょう」


 西の隣国ゼルスとは長い間国境地域であるナステニ地方を巡って諍いを繰り広げてきた間柄だった。


 長い歴史の中でオストロムの前身である騎馬民族は西へ西へと勢力を拡大してきた。

 そのなかで彼の国とは国境線を巡って建国以来何度も刃を交えている。勝ったり負けたり、その時々によって国境線は戦のたびに変わる。


 そのナステニ地方の領有権を巡って此度(こたび)ゼルスが攻め込んできたのが約一年前のこと。

 ちょうど父王が東南の国境を接するヴェシュエ王国との諍いで遠征に出ていたときのことだった。西の隣国ゼルスは王太子が御旗となり戦を仕掛けてきた。


 オストロム王国が別の隣国であるヴェシュエと戦争をしている今が好機だと狙ったのだ。

 王都を預かっていたオルティウスが騎士団をまとめ応戦し、戦いはオストロム王国側の勝利で終わった。

 そのままゼルスに攻め込むことをしなかったのは、ここで欲を出すと背後からヴェシュエに襲われる危険があったためだ。


 ゼルスの王太子は王都まで敗走し、両国は停戦交渉を開始した。その折ゼルス側の領土であるコマヌフ一帯の割譲を認めさせ、賠償金を要求した。


 父王も無事にヴェシュエとの国防に打ち勝ちオストロムの力を周辺国へ誇示することはできたのだが、悲劇は起こった。父王が戦の帰りに病に倒れたのだ。


 遠征の帰り道、突然に胸を押さえて苦しみだした父王は、そのまま二日ほど昏睡状態に陥り息を引き取った。オルティウスは急きょ国王として即位をした。


 前王の急逝と新たな王の即位。和平の一環としてオストロムはゼルスの王女を妻として差し出すよう要求をした。


「父上は急な胸の発作だったからな。せめて花嫁の顔くらいは見せたかったのだが」

「前国王陛下も天上の国より喜んでおられますよ」

「だといいのだがな」


 まさに絵にかいたような政略結婚だ。


 オルティウスは己の結婚にそこまで期待などしていなかった。王位を継ぐ者として、己の伴侶は利権が絡んだものになると分かり切っていたからだ。


 今回だって、父の代からの重臣で発言力もあるレシウス卿が強固に己の娘マイオーシカを王妃に推し、彼のこれ以上の台頭をよく思わない別の一派が代わりに敗戦国であるゼルスの王女との婚姻を勧めてきた。


 隣国と小競り合いを続けていても土地と民が疲弊をするだけだ。

 それに未だに西の国々はオストロム以東の国々を軽視している。婚姻はそれを打破するための有効手段でもあった。


 戦争続きで内政に専念したいためゼルスとの和平は結んでおいて損はないとオルティウスも分かっている。


 だがしかし。


(気位の高いお姫様とは……。形式上の、仮面夫婦になるしかない未来が見えているようだ……)


 オルティウスはどこか他人事のように己の未来について考えた。


☆ ☆あとがき☆ ☆

2024年3月23日に『黒狼王と白銀の贄姫 辺境の地で最愛を育む』1巻(今回より新シリーズ)がメディアワークス文庫より発売します!

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