第2話 ゼルスの王女1
「ちょっと痛いじゃないっ! このへたくそ!」
豪奢な部屋の中に女の金切り声が響いた。
細心の注意を払って姉の髪の毛を梳いていたエデルはぴたりと動作を止めた。
「申し訳ございません。ウィーディア様」
鏡の前に座った姉、ウィーディアは鏡越しに憎悪のこもった眼差しを送ってきた。美しい顔にははっきりと嫌悪が浮かんでいる。ゼルスの白き薔薇と讃えられるほどの美貌を持った彼女はその小さく可憐な口からは想像もつかないほどの低い声を彼女は出す。
「いいから、さっさとおし」
エデルは今度も細心の注意を払って彼女の髪の毛を結い上げていく。万が一にも粗相のないように慎重に、けれども手早く。
出来上がったそれをウィーディアはちらりと見ただけ。
「やっぱり駄目ねえ。時間だけかかってセンスっていうものが感じられないわ。ハンナ、あなたやり直してちょうだい」
ウィーディアは部屋の隅に控えていた侍女の名前を呼んだ。
素早くやってきたハンナに場所を明け渡したエデルはしかしすぐ近くに留まった。姉の了承なしに勝手に離れることは許されていないからだ。
ハンナは素早くウィーディアの髪の毛を整えていく。エデルの結い上げた髪の毛を一度全て解き、丁寧に櫛を入れピンを使って止めていく。
形は先ほどエデルが行ったものと大して変わらない。しかし出来上がったそれを確認したウィーディアはしっかりと頷いた。
「さすがね、ハンナ」
「ありがとうございます」
「それに比べてエデルは本当に駄目な子」
ウィーディアは立ち上がった。身に纏うは昼用の清楚な意匠のドレス。けれどもこれから訪れる春を先取りするかのようなふんわりとした柔らかな赤色だ。
彼女はこれから取り巻きの騎士を集めたお茶会を催すことになっている。ウィーディアは己を崇拝する騎士を定期的に呼び集め、己を褒めたたえさせることを趣味としている。
「ああそうだわ。このあとわたくしの首飾りとブローチを磨いておいて。あとドレスの刺繍がほつれているからそこも直しておいて頂戴。全部終わるまで食事をしに行ってはいけないわよ。いいわね」
「はい。かしこまりました。ウィーディア様」
昼食の時間はとっくに過ぎている。言いつけられたことを全部行っていたら、エデルの分の食事は片されてしまうだろう。しかし、反論は認められない。
「あなたはおなさけでこの宮殿に置いてもらっているんだから。しっかり働きなさいな」
ウィーディアは一言言い捨てて部屋から出て行き、エデルはさっそく首飾りの磨きに入る。とにかく早く行ってしまわなければならない。
朝食は薄い麦粥を食べたきり。すでに胃の中はからっぽだった。
言いつけどおり宝玉がたっぷりと使われた金色の首飾りを磨いていると部屋の中に年かさの女が入ってきた。
王妃付きの筆頭女官でもあるバーネット夫人だ。
「あなた様は手癖の悪い女から生まれた身の上ですからね。わたくしがしっかりと見張っておりますよ。さあ、続けなさい」
エデルは特に反応も示さず姉の言いつけを実行する。
姉とはいってもエデルとウィーディアは半分しか血が繋がっていない。
「陛下のご慈悲とはいえ、どうしてこのような娘を王女として扱わなければならないのか……。妃殿下は本当にご心労が絶えないこと」
バーネット夫人はエデルに聞かせるように大きな独り言をつぶやく。
これはいつものことだった。そして本当のことでもあった。
エデルの母は、元は王妃イースウィアの侍女だった。ただの侍女だった母に、イースウィアが身籠っている最中王の手が付いた。
イースウィアの産んだウィーディアより遅れること三カ月、そうして生まれたのがエデルだった。
同じ年に生まれた腹違いの姉妹。王のこの行為に王妃は怒り狂った。気位の高い王妃は、王が彼女以外の女に手を付けたことが許せなかった。
そして王妃は今もまだその怒りを継続させている。王が、エデルを王女として育てよと命じたから。
エデルは王女としての教育を施され、着るものもウィーディアとそこまでそん色はない。しかし、王の目の届かない範囲で、宮殿の奥でエデルは虐げられていた。
エデルがなんとか姉の言いつけを終えて己の部屋に戻ると案の定昼食は片づけられていた。一定の時間以内に手を付けないと下げるよう王妃が命じているからだ。
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