第59話 家族の晩餐会2
女官に促され移動をした食堂は、普段エデルとオルティウスが食事をする部屋に比べるといくぶんこじんまりとしていた。
とはいえ、王家の人間が利用をする部屋のため造りは豪華だ。金色の燭台に、ぴかぴかに磨かれた銀食器。暖炉には大きな薪がくべられていて部屋を暖かくしている。
家族が揃ったというのに、どこかぎこちない。
食前酒を飲み、スープと前菜が運ばれてきたというのに、ミルテアもオルティウスも黙ったままだった。
リンテとルベルムも大人たちの様子を肌で感じているのか一言も発しない。
エデルは内心冷や冷やしつつ様子を窺っている。
オルティウスとミルテアの間にわだかまりがあったことは知っている。家族としての時間が持てなかったことも聞いていた。ミルテアはそのことを寂しく思い、また彼女自身の過去の言葉を悔いていた。息子と歩み寄りたいのに、そのきっかけがつかめない。
それはオルティウスも同じで、彼も食事をしつつ時折視線をミルテアの方へ向けているのにきっかけがつかめないのか何も発しない。
双子相手にならオルティウス個々に声を掛けることもあったのに、人数が多いこの場では何の話題が正解なのか彼自身迷っているのかもしれない。
少々重苦しい空気が食堂内に立ち込める。
互いの銀器を使う音だけが部屋の中に響き、空になった皿の代わりに侍従がメインの皿を置いていく。子羊でもうさぎのシチューでもなく、今日は牛の肉を塊ごと焼いたものだった。串に刺して大きな暖炉で焼かれたそれは中がほんのりとピンク色をしている。
「外れてしまいましたね、リンテ、ルベルム」
エデルは目の前に置かれた肉料理を前に、双子に話しかけた。
正面に座る二人はそれぞれきょとんと目を丸くした。
何のことだかすっかりと忘れてしまったらしい。
こうなるとエデルも居たたまれなくなってしまう。
勇気を出して声を出してみたのだが、二人が反応してくれないとものすごく場違いな発言をしてしまったようで、穴を掘って埋まりたくなる。
「何の話だ?」
双子ではなくオルティウスが隣に座るエデルに問うてきた。
「オルティウス様がいらっしゃる前に予想をしていたのですよ」
エデルは努めて朗らかな声になるように慎重に言葉を紡いだ。
「リンテが子羊で、ルベルムがうさぎのシチューとの予想だったのです」
「そうか」
オルティウスはエデルに向けてゆっくりと喋った。
「あ……あの、でも」
リンテの声が少しだけひっくり返った。
彼女もこの微妙に硬い空気をどうにかしたいと思っていたのかもしれない。
「わたしは牛肉も好き! ……です」
「そうか。私と似ているな」
「あ……」
まさかオルティウスから返事が返ってくるとは思わなかったのか、リンテは下を向いてしまった。
「僕も、牛肉好きです」
「そうか」
オルティウスは短い言葉ばかり発しているが、その声色は柔らかい。
エデルはなにか、胸が一杯になった。
「あー……その。……母上は何が好きなんだ?」
「わたくしは……」
突然に息子から話を振られたミルテアは肉を切る手を止めた。
「牛肉も羊も鶏も等しくいただきます」
「お母様は特に雉が好きなのです」
リンテが言い添えた。
「そうか。……では、来年の夏の狩りでは雉を仕留めてこよう」
ゆっくりと、オルティウスが言葉を続ける。
来年、という単語にミルテアが目を見開いた。彼女はその言葉を噛みしめるように、唇を引き結んでいる。
「あの。陛下」
「なんだ、ルベルム」
「来年は……来年こそは、僕も狩りに参加をさせてください」
「そのためには騎士団で立派に励め」
「はい」
ルベルムが勇気を出して己の願いを口にすると、オルティウスは少しだけ間を空けて返事をした。数か月前よりも色よい答えを貰ったルベルムの頬がみるみるうちに紅潮する。
「リンテ、来年は一緒にルビエラ摘みをしましょうね」
「はい。お義姉様」
そうは言うもののリンテは少しだけ悔しそうだ。
エデルの一言がきっかけで、食堂内は少しずつ明るくなっていった。
オルティウスは騎士見習いになるルベルムに己の体験談を話し始めた。
興味深そうに聞き入るルベルムに、時折ミルテアが口をはさんでいる。
ゆっくりと焦らずに家族になっていこう。
距離を測りかねていても、こうして話してみれば互いのことを知ることが出来る。
エデルとオルティウスだって最初は敵国同士という関係だった。
けれども、触れ合い会話をしていく中で徐々に距離を縮めていったのだ。疎遠だった家族だって、近いうちにもっと打ち解けることができるだろう。
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