第60話 家族の晩餐会3
まだ互いに探りながらの会話ではあったけれど、食事は和やかに進んだ。
食事が終わると別室に移動をして暖炉を囲んだ。
リンテはエデルの隣に陣取り、ぎゅっとドレス布を掴んだまま兄である国王の様子を窺っていた。
普段は物怖じしないリンテではあるが、年の離れたオルティウスのことは少し苦手らしい。まだ距離を測りかねているその様子に、エデルは数か月前の己を重ねてしまった。
それでも、別れ際リンテは兄に向って手を振った。ぎこちない振り方ではあったが、オルティウスはしばし固まり、やはりこちらも少々硬い表情のまま手を振り返した。
まさか返してもらえるとは思わなかったのか、リンテはぴたりと固まってしまい、そうなるとオルティウスも同じように動きを止めた。
小さなことを積み重ねて、同じ時間を過ごしていけば、きっとたどたどしさも消えていくはず。
ミルテアたちと分かれたエデルはオルティウスと一緒に王の住まう部屋へと戻ってきた。
少々堅苦しい晩餐用のドレスから寝間着へと着替え、オルティウスの元へ行くと伸びてきた腕の中に閉じ込められる。
暖かな腕にエデルは瞳を細めた。この腕はいつだって優しくて己を安心させてくれる。
「今日は助かった」
「え……?」
上から静かな声が降ってきて、エデルは顔を上げた。
夫の青い瞳がこちらを見つめている。
「俺は気の利いたことを言うのが苦手だ。だから助かった。……正直、何を話していいのか分からなかった」
「いえ、わたしの方こそ……もっと早く話題を提供したかったのですが」
「いや、妻に頼りきりで情けない夫だ」
「いつもオルティウス様には助けてもらってばかりです。たまには……わたしにも頼ってください」
まだまだ至らないことばかりの妻ではあるけれど、いつも沢山のものをくれる夫の役に立ちたい。
「強い夫でありたいが……そうだな。俺にはエデル、おまえが必要だ」
ぎゅっと強く抱きしめられ、そのあと口付けが降ってきた。
ふわりと唇同士が合わりあう。
互いに額をくっつけ、ついばむような口付けを交わし合う。
どちらからともなく微笑み、寝台の上に倒れ込む。
オルティウスの胸にそっと顔を寄せれば、彼の胸の鼓動を耳が拾う。
「わたしにもオルティウス様が必要です」
そっと呟けば、ぎゅっと背中に籠った腕に力が入るのを感じた。
「来年が楽しみですね」
「来年?」
「ええ。オルティウス様がルベルム殿下と一緒に狩りをして、わたしは二人におかえりなさいと言うのです。隣にはリンテ殿下がいて、それからお義母様と一緒にルビエラを摘みに生きます」
目を閉じればまざまざとその光景が浮かび上がる。
きっと今よりももっと互いに打ち解けて、朗らかに会話をしているに違いない。リンテもオルティウス相手にたくさん甘えられるようになっていると、エデルは想像を巡らす。
「オルティウス様はわたしに家族を下さいました」
オルティウスの片方の手のひらがエデルの頬を滑らせる。いつもの手のひらの感触に、エデルはうっとりとする。
「皆さんとてもよくしてくださいます」
ずっと家族に恵まれなかった。
母とは幼いころに分かれた。
ゼルスの王家はエデルにとって厳しい場所で、義理の母はエデルの命を容赦なく奪おうとした。
こんな風に、穏やかな日常を過ごせる日が来るなど、あの頃のエデルには考えることもできなかった。願いなど持っても無駄だと、そう思って生きてきた。
それなのに、今がとても幸せで。
エデルは紫水晶の瞳を震わせた。
至近距離の夫の瞳の色が変わる。互いに熱を帯びた視線を絡ませ、どちらからともなく顔を近づけ、目を閉じる。
のしかかってくる夫の体温を心地よく感じながら、エデルは両腕を彼の背中に回した。
イプスニカ城の夜は静かに更けていった。
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