第61話 初雪 前編

 オストロムの秋はとても短い。


 その日、エデルはいつものように夫の腕の中で朝を迎えた。夫の体温はエデルのそれよりも高いのか、彼の腕に包まれているととても暖かい。


 身じろぎの気配で、エデルが目覚めたことに気が付いたのだろう。


「起きたか?」


 オルティウスの柔らかな声が耳朶をくすぐった。

 やはり今日もオルティウスの方が早起きだった。一度くらいはエデルの方が先に目覚めたいと思っているのだが、これがなかなか難しい。


「おはようございます。オルティウス様」

「今朝は冷えるな」


 エデルがそっと顔を上げると、眠気眼、ではなくしゃっきりと目覚めた状態の夫の顔に迎えられた。いつかオルティウスの寝顔が見てみたい。それはエデルの密かな目標なのだが、まだまだ叶えられそうもない。


 オルティウスに抱きかかえられているエデルはとてもぬくぬくしているのだが、彼が言うのなら、今朝は一段と冷え込んでいるのだろう。


「冬の訪れですね」

「もしかしたら、雪が降ったのかもしれないな」


「雪……」


 もうそんな季節なのだ。


 結婚が決まってからというもの、目まぐるしく日々が過ぎていった。それに、短い夏の間にたくさんのことがあった。


「エデルの色だな」

「わたしの……ですか?」

「ああ。雪はおまえと同じ色をしている」


 オルティウスがエデルの銀色の髪の毛を一房すくいあげた。彼は、手触りを楽しむかのようにさらさらと、白銀の細糸のようなそれをすくっては離して、を繰り返す。


 その仕草は、まるでエデルの心の内側をくすぐっているようでもあって、嬉しさに目を細める。


「そのように言われたのは初めてです」

「そうか。雪の中で迷子にならないか心配だ」

「まあ」


 エデルはくすくすと笑った。


 彼はエデルの髪の毛が雪と同化してしまうのを心配しているらしい。エデルが笑うとオルティウスも瞳を細め、頬に口づけを落とした。


 二人で他愛もない話をすることができる目覚めの時間は貴重だ。この時間がずっと続けばいいと毎日考えてしまうのだけれど、王を独り占めするわけにもいかない。


 オルティウスが起き上がり、分厚いガウンをエデルに手渡した。

 そのとき、扉が控えめに叩かれた。侍従と女官が入室許可を求めている。

 オルティウスが短く声を掛けると、扉が開かれ侍従たちが入室してきた。


 侍従の一人が暖炉の中を火かき某を使ってかき混ぜた。持っていた火種を入れ、部屋の中を温めていく。


「妃殿下、初雪ですわ」


 女官の一人が話しかけてきた。やはり今日は冷え込んだらしい。

 エデルはそっと窓辺に近寄った。空には雲が立ち込めている。濃い灰色ではなく、明るい雲だ。もしかしたら、晴れ間がのぞくかもしれない。


 窓から見える外は、一面白銀色に染まっていた。

 城の尖塔も、高い塀の上も、庭も、すべてが真っ白だ。


「エデル、暖かくしろ」


 オルティウスが案じる声を出した。


 エデルが「はい」と頷くと、彼は侍従の一人に「アーテルの様子はどうだ?」と話しかけた。彼の愛馬だ。


 もしかしたら、このあと走らせに行くのかもしれない。

 長年連れ添った愛馬は時に彼の妻のようでもあり、エデルはちょっと妬けてしまう。


 着替えのために部屋を出る直前に「あいつも、雪が積もって喜んでいるだろうな」などと聞こえてきては、二人の間に流れる時間に、つい悔しくなってしまった。





「お義姉様、雪遊びをしませんか?」


 語学教師が退出したのを見計らったかのように、リンテが栗色の髪の毛を揺らしながら入室をしてきた。


 分厚い外套と頭の上には毛皮の帽子。外に出かける満々の出で立ちに、エデルは目をぱちりと大きくした。


「雪遊び?」

「はい! ソリで滑ったりとか、雪だるま作ったり、色々です」


「いろいろ……」

「あ、でもあんまり積もっていないみたいだから、雪だるまは小さいのしかつくれないかも?」


 リンテは首を傾げた。


 エデルはこれまで雪遊びというものをしたことがなかった。ゼルスでは勉強の時間以外はイースウィア王妃と姉であるウィーディアの侍女の仕事を請け負っていた。


 自由な時間など無いに等しく、遊びというものをしたことがなかったのだ。


「ええと……お義姉様は、雪遊び嫌いですか?」


 思ったような反応がもらえなかったのか、リンテの声が先ほどよりも弱弱しくなった。


「いいえ。そんなことないわ。わたしは……雪遊びをしたことがないから、少し驚いてしまったの」

「じゃあわたしが教えて差し上げます!」


 リンテの声に元気さが戻った。彼女が笑うと空気が明るくなる。


 エデルは側に付き従う女官に顔を向けた。語学の授業は終わったばかりだし、今日はこのあと、特に何も入っていないと記憶をしている。

 女官はエデルの視線に微笑みを返した。


「では、準備をしましょうか」


 エデルの返事に、リンテが「やったぁぁ」と両手をあげて喜んだ。


 それからエデルは分厚い外出着に着替えをした。外套の内側には毛皮が付けられていて、帽子と手袋と長靴で完全防寒だ。


 案内はリンテがしてくれるという。女騎士たちも付き合ってくれ、少し仰々しい雪遊びと相成った。


 イプスニカ城はルクスの街を見下ろす丘の上に建てられている。そのため王城のもっとも内側の建物と庭以外は傾斜が多い。


 リンテは王城の奥からいくつかの外壁を通り抜けて緩やかな坂になっている場所へエデルを案内した。


 木製のソリを持つのは女騎士たちだ。

 リンテはエデルと手を繋ぎながら、鼻歌交じりだ。エデルもわくわくしてきた。


☆***☆☆☆あとがき☆☆☆***☆


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