第66話 贈りもの 後編
結局悩んだ末にオルティウスは庭園に赴き、庭師に命じて花を摘み取った。
青い花は慎ましやかで、鈴のように愛らしい。なんとなくエデルに似合いそうだと思ったのだ。
王の珍しい行動も、近衛騎士や侍従には筒抜けで、オルティウスはこういうときばかりは王であることを呪った。
いつもとは違う行動をしていることくらい十分に自覚をしている。
しかしさっさと割り切ることにしてオルティウスはエデルの元へ向かうことにした。
「これを、わたしにですか?」
花を差し出すとエデルはめをぱちくりとさせた。
人払いをさせ、互いの騎士たちは少し離れたところで待機をしている。
エデルはちょうど今日の授業を終えたところで、これからダンスの練習に赴くという。最近エデルは忙しくしている。
オストロムに嫁いで来て、ようやく落ち着きこの国の習慣や歴史を学んだり、王宮舞踏会に向けてダンスの練習に勤しんでいる。そろそろドレスの仮縫いが到着するころだと報告も受けている。
「……ああ」
オルティウスは少しぶっきらぼうに答えた。
差し出した花を、エデルは恐る恐るといった体で受け取る。
「……珍しいものでもないが、きれいに咲いたと報告を受けた。王妃にも見せようと思っただけだ」
エデルはまじまじと可憐な花に視線を落としている。
「ありがとうございます……。わたし……男性から花をいただくのは初めてです」
エデルが顔を上げる。
彼女の頬はいつもより赤くなっていた。
エデルの返事に、オルティウスは内心気をよくした。エデルに今まで花を贈った相手はいないという事実が嬉しかったからだ。
以前エデルの口から出たユウェンという男は、菓子は与えても花を贈ることはなかったらしい。
「そうか。気に入ったか?」
「はい。……とても嬉しいです」
エデルはふわりと微笑んだ。
そっと花に顔を近づけ、香りをかぐ。エデルのその仕草に、どうしてだか己の心にエデルが顔を近づけたような錯覚を覚えた。
エデルはどうしてだかその花から離れがたかった。
オルティウスからもらった小さな花束。
青く可憐な花をもらったとき。
エデルはびっくりした。誰かから花を貰うという行為が生まれて初めてのことだった。
それも男性から。そして、初めての相手がオルティウスということに胸が騒がしくなった。とても嬉しくて胸の奥をじわじわと温かくなった。それと同時に鼓動が早くなり、顔が熱くもなった。
まさか、自分にもこのような素敵な機会が訪れるとは夢にも思わなかった。
エデルはぼんやりと花を見つめる。
この花を見つめていると、脳裏をオルティウスの姿がかすめる。
わざわざ花を持ってきてくれて、エデルに手渡してくれた時の顔。
ぶっきらぼうな物言いだけれど、エデルのために忙しい王が足を運んでくれた。そのことが嬉しい。
エデルは飽きることなく花を見つめていた。
「妃殿下、そろそろお仕度を」
ぼんやりとしていたら女官がやんわりとエデルの思考を遮った。
辺りはすでに薄暗い。
「そうですね。すみません、ぼんやりしていました」
エデルは立ち上がる。
水に浸けられた花を名残惜しそうに見ると、別の女官が口を開く。
「せっかくですので、押し花にする方法もございますよ」
「え……?」
エデルが彼女の方に視線を向けると、女官は優しく瞳をやわらげたまま頷いた。
「押し花を栞にするのも素敵ですわね」
「わたくしの母もそのように、花を楽しんでおられましたわ」
エデルが興味を持ったようだと感じ取った女官と侍女が口々に話す。
「そのような方法があるのですね」
エデルはもう一度オルティウスから貰った花束に目を向ける。
枯れてしまうのは残念だと考えていたところだった。
だって、せっかくオルティウスがくれたものだから。いつものお菓子ではなくて、花をくれたのだ。
それはとてもドキドキする行為で、あのとき、エデルの周りだけ一瞬時が止まったのかと錯覚をした。
「ええ。明日にでもお教えしますわ」
「はい。よろしくお願いします」
エデルはぺこりと頭を下げた。
「わたくしどもに、そのような丁寧な態度は不要ですわ、妃殿下」
ふふふ、と女官たちが微笑む。
「はい、皆さん」
エデルはまだ人の上にたつことに慣れていないけれど、女官たちはみんなエデルのことを馬鹿にしたりせずに優しく接してくれている。過剰に丁寧な言葉遣いを直していくことがエデルの直近の目標でもある。
「さあ、早くお仕度をしないと陛下が待ちくたびれてしまいますわ」
部屋着から晩餐のためのドレスへと着替える。
着替えながらエデルは、改めて陛下に花のお礼を言おうと決める。
晩餐の席で嬉しかったと伝えると、オルティウスは満更でもなさそうに笑みを返した。
もう一度世界が止まったのだと錯覚を覚えた。
エデルはこの日贈られた花を押し花にして、しおりを作った。
それはエデルの宝物になって、今も大事に使っている。
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