第65話 贈りもの 前編
王宮舞踏会前の、お話
前回のお話よりも、気持ちは進んでいる頃です
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エデルに専属の護衛騎士が付いて数日が経過をした。最初に何度かエデルとの相性を見たこともあり、彼女は最初こそ頬がぎこちなく引きつっていたが、やがて肩の力を抜いていき、数日たった今では朗らかに騎士たちとも話をするようになったと報告を受けた。
重臣らとの会合が終わったオルティウスはその足でエデルの様子を見に行くことにした。
毎日王城内の庭園を散策していると聞いている。ちょうどいまの時間帯だろう。
オルティウスはエデルの姿を脳裏に浮かべる。
美しく、はかなげな少女は最近頬がふっくらとし、血色もよくなった。
水晶のようなきらきらとした瞳でこちらを見つめると、オルティウスはなぜだか吸い込まれそうになる。
戸惑うように瞳を揺らす回数が徐々に減り、近頃ではオルティウスの言葉にほんのりと笑みを浮かべるようになっていた。
そういうとき、オルティウスの心はどうしようもなく浮き立つ。
それから無性にエデルに触れたくなって、体中から自制心をかき集める羽目になる。つい彼女のさらさらとした髪や滑らかな頬に触れてしまうのは許してほしいと心の中で言い訳をしている。一応、己は彼女の夫なのだから、と。
政務の息抜きに普段滅多に足を運ばない、花が多く植えられた庭園に足を向ければ、近衛騎士たちは何も言わずに付き従った。
エデルは女騎士たちに囲まれてゆっくりと庭園を歩いていた。
さらさらの銀色の髪の毛はゆるく結い上げ、淡い色のドレスの裾が風と戯れている。
オルティウスはしばしその場で佇んだ。
端的言えば妻に見惚れて動けなくなったのだ。
オルティウスの視界の先で、エデルは柔らかく目を細め庭園に咲く花を愛でている。そのそばを深紅の騎士服をまとった女たちが付き従う。
女たちの纏う深紅の騎士服は機能的でありながらどこか優美だ。丈の長い上着は途中から切れ目が入れられており、その下には白い下衣と長靴。腰には当然のことながら細身の剣が下げられている。
姿勢の良い女騎士の一人がエデルの侍女に何かを言い、それから侍女は庭師に話し一輪の花を受け取る。
オルティウスは苦虫を噛みしめたような顔を作った。
なにしろ、女騎士が恭しくエデルに花を差しだし、エデルがじっと女騎士をじっと見上げたのだ。しかも彼女はエデルの髪の毛に花を挿した。エデルは、どこか嬉しそうにしている。
(なんなんだ……あれは……あれではまるで……)
物語の中に出てくる、騎士と姫君のようではないか。
オルティウスはその場から先へ動けなくなった。
なにか、己の方がここにいてはいけない気がしてきたからだ。
「パティエンスの騎士は主の髪の毛に花を挿すのが当たり前なのか?」
ついそんなことをガリューに漏らしたのが運の尽きだった。
「ええと、陛下?」
政務がひと段落し、明日の行程について確認を終えたタイミングでオルティウスは側近に話しかけてしまった。
「いや、なんでもない」
「ははあ。エデル様と女騎士ですね」
ガリューがしたり顔で頷いた。
「城勤めの者たちの間でも評判になっていますよ。白亜の姫君と麗しの女騎士って」
「なんなんだ、それは」
ヴィオスが口をはさむ。
「エデル様はあの通り、可憐でお美しいお方でしょう。そしてパティエンス女騎士団といえば、その凛々しい姿でご婦人たちに人気がありますから。はかなげな姫君に寄り添う女騎士の図に酔いしれているんですよ。絵になりますからねえ」
昨日、なにかいけないものを覗いてしまったオルティウスは渋面を作った。
「しかし、だからといってエデルの髪に花を挿すのはやり過ぎだろう?」
「女主人を喜ばすのも彼女たちの勤めでは?」
ヴィオスは素っ気なく相槌を打つ。
パティエンス女騎士団は武芸にも秀でているが、淑女の話し相手も勤められるよう、礼儀作法もみっちりと仕込まれている。女主人が騎士に求めるのは護り手であり、話し相手でもある。
女性は男性に比べて側に侍る者の人柄を重視する傾向が強い。そして女騎士も男の騎士より主人の心の機微に敏い。
結果、男の騎士よりも主人との距離が近くなる傾向がある。
それにしてもあれは近すぎだろう、とオルティウスはさらに眉間の皺を深くした。
「陛下、エデル様の騎士に嫉妬をするのなら、あなた様も妻に花を贈ればよいのですよ」
ガリューはなんてことないように提案をする。
しかし、オルティウスは黙り込む。
生まれてこのかた女に花など贈ったこともないのだ。エデルにせっせと菓子を運ぶのに、花となるとどこか気恥ずかしいのはどうしてなのか。
「……俺はおまえとは違って、女に対して軽薄じゃないんだ」
「オルティウス様、失礼ですね。俺は誰に対しても誠実ですよ」
うっかり昔のように砕けた言葉遣いになればガリューも釣られた。
「誰に対しても、という言葉が遊び人のそれだろう」
人当たりの良いガリューは有力貴族の出身、そして剣の腕も経つ王の側近ということもあり女たちからの人気も高い。
だが、本人は特定の相手を作らずその時その時で連れている女を変えている。本人曰く、その期間はその相手に対して誠実とのこと。
それはどの辺が誠実だというのかさっぱり分からない。
「おかげさまで多くのご婦人が俺を指名してくださるので。一人には絞れないんですよ、まだ」
「それが遊び人だというんだ、ガリュー」
ヴィオスの突っ込みに、ガリューはふわりと微笑むに留めた。
「とまあ、私のことはともかく、花くらいぱぱっと渡せば終わりじゃないですか」
そんなことを言うガリューはおそらく日常茶飯事のことなのだろう、意中の相手に花束を渡すくらい。
「ガリューはそれこそ毎日のように花を贈っていそうだな」
「そういうヴィオスはどうなんだ? 誰かいないのか?」
「私は政治に身をささげると決めている。私が妻に求める資質は、同士であるということだけだ」
「それにしたって、まだ独身なのだから色々とあるだろう?」
ガリューは友人への追及を緩めない。ヴィオスは矛先がこちらに向き、心持ち顔をこわばらせる。
「ない」
「つれないなあ」
話題が逸れたところでオルティウスは表情筋のこわばりを解いていく。
花を渡せばエデルはオルティウスに対しても微笑んでくれるというのだろうか。
毎日せっせと菓子を運んでいるのは、少しでもエデルの気を引きたいからだ。花など腹の足しにもならないだろうに。女はドレスや宝石を貰うと喜ぶ生き物なのではないか。
とはいえ、それをやるとあからさますぎると思いオルティウスは現在のところ菓子や果物にしている。それに、自分の好みに女を染めるなどという行為はどこか軽薄にも感じて、似つかわしくないというか、気恥ずかしくて手が出せない。
(だが、まあ……王宮舞踏会もあるしな)
王妃としてオルティウスの隣に立つのだから、さすがにその時ばかりはドレスに口を出してもいいのかもしれない。
昨晩のエデルはいつもよりも多弁で、騎士から花を貰ったのだと微笑んだ。
やはり女性は花を貰うと嬉しいらしい。白銀の髪を彩った後は、小さな器に水を張り、その中に浮かべて楽しんでいます、と彼女は付け加えた。紫色の瞳が嬉しそうに煌めけば、オルティウスの心にさざ波が沸き起こった。
彼女の関心を己の方へ向けたいと思った。
オルティウスは思わずエデルの頬に腕を伸ばした。
ぱちりと紫水晶の瞳を瞬き、こちらを見つめるエデル。つまらない嫉妬をしたオルティウスはその手をそっと彼女の頭の後ろへと持っていき、細い絹糸のような髪の毛を掬いもてあそんだ。
「陛下?」
「え、ああ」
昨晩の逢瀬を思い出していたオルティウスはガリューの問いかけに、慌てて現実に戻った。
「イプスニカ城に咲く花は王のものでもあるわけですから、花の一輪や二輪、ぱぱっと渡してみたらいいじゃないですか。じゃないとヴィオスのような真面目一辺倒な堅物になってしまいますよ」
「そこで私を引き合いに出すな」
「……花、か」
オルティウスはぼそりと呟いた。
背後では側近兼友人がまだなにやら白熱していた。
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