第7話 花嫁の到着
春の風がオストロムの王都ルクスを訪れるよりも少し前に、ゼルスから王女を乗せた隊列が到着をした。
オルティウスは特に何の感慨もなくゼルスの王女を招き入れた。
白き薔薇と謳われる姫は、確かに白銀の長い髪に、紫水晶のような瞳を持った美しい姫だった。誇り高く国では女王のように騎士を侍らせているという噂だったからさぞ威張りくさった尊大な態度に見るからに高慢な顔つきをしているのかと思ったが、到着をした王女はオルティウスの予想を裏切った。
(風が吹いたら折れそうなくらい弱弱しい印象の姫だな……。それに大人しそうな姫だ。……演技か?)
それがオルティウスの、ウィーディア・エデル・イクスーニ・ゼルスの印象だった。細くて色白。全体的に小柄で十代後半という年齢よりも幼く見える。二十四歳のオルティウスと年齢差もちょうどよいのだが、こちらが大型肉食獣にでもなった気分になってしまった。
そもそもオルティウスはこの度の婚姻に際して隣国の姫の名を知ったくらいだ。それとガリューが仕入れてきた美貌の姫のゼルスでの噂。確かにこの顔ならば信奉者も多く抱えているだろう。美しい姫だと思ったが、目を離すと消えてしまうのではないかという不安のほうが濃くなるような姫でもあった。
出迎えの際、儀礼上手を差し伸ばすと、彼女はおろおろしながらオルティウスの手の上に自身のそれを重ねてきた。男慣れをしていると思ったから視線をせわしなく動かす彼女の挙動に軽く目を見張った。それから内心演技か、と再び思った。
姫には付添人としてゼルスの貴族の夫人が付き従ってきた。バーネット夫人という。四十を越えたこの夫人の方がよほどゼルスの王女よりも堂々としていた。
その夫人は現在、王女よりも女主人然として彼女の近辺で威張り散らしているという。
侍従に様子を聞いてみればそんな答えが返ってきた。
バーネット夫人は姫の隣に終始ぴたりと張り付き、彼女の生活すべてを管理しているという。なるほど、蛮族の風習に従う気はないということらしい。
実際そのようにバーネット夫人は哄笑しているという。報告を寄越したのは女官長のヤニシーク夫人だ。オルティウスは彼女の言葉を自身の侍従伝手で聞いた。
バーネット夫人はゼルス国内の有力貴族の娘で王妃イースウィアの輿入れ時から仕えている古参の女官。信頼する女官を寄越したのは王妃の娘を想う親心、もしくはオストロムに嫁いでもゼルスのやり方を踏襲しますという宣戦布告ということか。どちらにしろ面倒な身の上の女を連れてきたものだとオルティウスも彼の側近たちもそろってため息を吐いた。
そして現在、オルティウスは晩餐の席で眉間にしわを寄せていた。
王として、妻となる女性と婚姻前に一度くらいは夕食の席を設けたらバーネット夫人がもれなく付いてきた。気位の高そうな顔つきをした、目じりに細かい皺のある中年の女だ。彼女は形こそオルティウスに腰を折ったが、けれども本心を隠しきれておらず、オストロムを嘲る色をその瞳の中に抱えていた。
付添人がこれなら姫との今後の夫婦生活も思いやられるな。それがオルティウスの率直な感想だった。
その姫はというと、小さな口でちまちまと肉を食べ進めている。
食が細いのかちっとも食べ進まない。
「オストロムの食事は口に合わないか?」
「王女殿下は本来肉を好まないのです、陛下」
「……私は、ウィーディア姫に質問をしているのだが」
「王女殿下は人見知りが激しいのでわたくしが代わりに質問にお答えします。陛下」
ゼルスの姫、ウィーディア・エデルに話しかけたのに姫が視線をあげるまえにバーネット夫人がしゃしゃり出た。オルティウスが少し険のある声を出しても彼女は動じることなく口元に笑みを浮かべて話を続けた。
「王女殿下は国でも質素な生活を心がけていました。肉は一切口にせず、清貧を常としてきましたわ。ですから日々の食事はわたくしが管理をします。今後肉類は一切出さないようお願い申し上げますわ」
清貧な生活だと。まさか。噂では崇拝者を集めて茶会を開いたり、ドレスを買いあさったり楽しく生活をしているようだな。などとはさすがに今この場で言うべきではない。
オルティウスは姫とバーネット夫人を見比べた。
するとウィーディアと目が合った。彼女は少し困ったように視線を彷徨わせ、けれども何かを言うわけでもなくすぐに首を下に向けた。
「国ではどうだったか知らないが、これから姫は私の妻になる。それがどういうことか分かるか。今後は肉も魚もきちんと摂取してもらう」
「まあ。御冗談を。王女殿下はこれまでも麦粥とスープにパンという食生活で十分健やかに過ごされてきましたわ。殿下の生活様式にとやかく口出しされたくはないですわね」
結局ウィーディアが声を発することはなかった。
最後までバーネット夫人が声を張り上げ、ウィーディアの生活に関することをオルティウスに伝えた。その間中ウィーディアは小さな口で料理を食べ続けていた。小食なのだろう、あまり多くを食べることはなかったが。
バーネット夫人の言い分が一方的過ぎて、オルティウスは翌日側近二人に昨晩の出来事を語って聞かせた。ヴィオスもガリューも目を丸くした。
「そういう話は聞いていませんがね。だいたい、断食など月に一度するかしないかっていうくらいの信仰心でしょうに」
身もふたもない世俗的な意見をガリューが言えばヴィオスが「信心深いご婦人なら、結婚式前後の豪華な食事を前に一時的に清貧で身を清めるということはありえるかもしれませんね」と続けた。
「ゼルスの王女が?」
ガリューが鼻で笑う。
「おまえの仕入れてきた噂とはまるで違う女が来たことには間違いないな」
「女は女優といいますからね」
オルティウスはそれには答えずに、脳裏に昨晩のウィーディアを思い浮かべた。一言もしゃべらなかった隣国の王女。美しい容姿をした娘だと思った。月の女神の化身だと言われても納得してしまいそうな、どこか浮世離れした雰囲気の娘だった。付添人の存在感が大きすぎて、まだまともに会話もしていないが果たしてどこまでが演技なのだろう。
一度脅かしてみたら本性を現すだろうか。
「確かに一見すると儚さ大爆発の可愛らしいお姫様でしたね。こちらでもちょっと調べてみますよ。叩けば埃が出るに決まっていますから、楽しみに待っていてください」
オルティウスはガリューの言に小さく頷いた。彼ならば卒なくウィーディアのゼルスでの生活態度を調べ上げるだろう。
どちらにしろ、この結婚は後戻りできない。これは二国間の取り決めであり、すでに花嫁受け渡しの書類には正式な署名をしたあとだ。今更返品というわけにもいかない。
見た目だけは清楚なウィーディアを思い浮かべたオルティウスは眉間にしわを寄せた。ゼルスの姫を戦利品として迎えたのは西方諸国への権威誇示と箔付という身もふたもない理由だけだ。
(いずれにしろ、面倒なことを起こしでもしたらそれなりの対応をするだけだがな)
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