2巻読んだ方向け番外編(他時系列も含みます)
第80話 ある日の散策
小鳥たちが嬉しそうに春を歌い、柔らかな新芽が固い土を押しのけ顔をのぞかせる。
日々近付く春の音に心を躍らせる日々が続いた。
空を覆う雲は、冬のそれよりもずいぶんと色が白くなった。
その日、エデルは誘われるように庭に降り立った。隣を歩くのはオルティウスだ。
二人は気の向くままに足を進める。
エデルは胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
まだほんの少し冷たい空気が体を巡り、自然と背筋が伸びるような心地がした。
丘の上に建つイプスニカ城は広く、野に咲く花々が自然に群生している場所が多々ある。
手入れをされた庭園も美しいが、気ままに芽を出し花を咲かせるその姿もエデルは好きだ。
「すっかり春ですね。花たちがたくさん咲いています」
「ああ。案外、花というのはどこにでも咲くんだな」
イプスニカ城は広く、手入れをされた庭園以外に、野に咲く植物が群生しているような場所がある。
気ままに芽を出した植物が可憐な花を咲かせている。青や白、赤など鮮やかで、エデルは口元をほころばせた。
「オルティウス様、少し摘んでもよろしいでしょうか?」
「もちろん。おまえはこの城の主の妻だ」
エデルは気の赴くまま、目についた花々を摘んだ。
「フォルティスの部屋に飾ろうと思います。それから、わたしたちの部屋にも」
「フォルティスも喜ぶだろう」
オルティウスが青い花を摘み、エデルに手渡した。
エデルは嬉しくて、渡された花に顔を寄せた。
生まれて初めて花を贈られた相手はオルティウスだった。あれはまだエデルがこの国に嫁いで幾ばくもない頃。
あの時は少々ぶっきらぼうだった彼は、今はエデルの側に寄り添い、瞳を柔らかく細めている。
彼から与えられるものは何でも嬉しい。二人で過ごすこの穏やかな時間すら宝物で。
「ここからだと、ルクスの街並みもよく見えますね」
「ああ。今日は天気がいいから屋根が輝いているな」
「まるで春の訪れを喜んでいるかのようです」
風が歌い、太陽が大地を優しく包み込む。
そよよそした風が時折エデルの白銀の髪をもてあそぶ。
ふわりと風だが、時折いたずらをするように強く吹く。
突風にスカートの裾が舞い上がる。
「大丈夫か?」
自身のマントを風よけにと、エデルを守るように風上に立つオルティウスに、エデルは「ありがとうございます」とお礼を言った。
「おまえは華奢だから飛ばされてしまいそうだ」
「いくら何でも飛ばされたりはしませんよ」
エデルがころころと笑った。夫はたまに心配性を過度に発症させるのだ。
「おまえがどこに飛ばされても俺が必ず迎えに行くが」
オルティウスがエデルをマントの中に包み込む。すっぽりと埋まるそこはエデルの定位置でもあって。
きっとオルティウスならエデルがどこにいても見つけてくれる。
「わたしも、オルティウス様がどこにいても、必ず会いに行きます」
ぽそりと呟いた声が彼に届いたかどうか。
どちらからともなく、指先が触れた。
風が落ち着いても離れがたい。
それを体現するように、互いに手を絡め合い散策を続けた。
。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚あとがき+。。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚+。。*゚+。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚
2巻発売告知とコミカライズ連載開始告知に、番外編を更新しました。
とっても素敵な2巻の表紙絵からインスピレーションを得て、今回のSSを書きました!!
小説2巻は2022年10月25日発売
コミカライズは2022年10月28日より、コミックウォーカーさまにて連載開始です。
最新話が無料で読めますのでぜひ遊びに来てください。
とっても大人の事情を話すと、コミカライズを原作2巻分も続けられるかは読者様の支持があってこそなので。
2巻は以前公開していました番外編の要素を取り込みつつ、ほぼ書き下ろしです。
もう少し番外編から文章流用できるかな、と思っていたのですがそんなことはなく、95%くらい書き下ろしです。何せ155000字書いちゃってますから。ページ数ギリギリすぎてあとがきがなかった……
また、11月15日をもって、カクヨム版黒狼王の本編を非公開とさせていただきます。
やはり、新しく黒狼王を知ってくださった方には、ブラッシュアップした書籍版をよんでいただきたいな、という思いがあるので。
今後は番外編を中心に更新していく予定です。
。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚+。。*゚+。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚+。。.。・.。
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