第79話 2月22日 猫の日記念SS

【なんでも許せる人向け】


「オルティウス様、異国の商人がこのようなものを献上しましたよ」

「それはなんだ、ガリュー」

「なんでも、夫婦仲を深めるのに役立つという異国由来の薔薇水だそうで」

「あからさまに胡散臭いな」

 オルティウスは眉根を寄せた。一体何に役に立つというのか。

 だが、ガリューは何やら面白そうに口元を緩めるばかり。

「おや、興味がおありなのでは?」

「そんなわけあるか」

 オルティウスはふと思いついた。

「そんなにも気になるのなら、おまえが使ってみればいいだろう」

「そんな恐れ多いですよ。これは国王であらせられるオルティウス様への献上品なのですから。はい、しっかりお持ちになってくださいね」

 こうしてオルティウスは胡散臭い品を持たされることになった。



 そして、その日の晩。

 オルティウスはとんでもなく困惑していた。

 すぐ傍らにはエデルがいる。それはいい。彼女は己の妻なのだから。

 だが問題は。

「にゃーん」

「もうしわけございません!」

 猫の鳴き声をしたエデルの前で侍女が頭を地面につける勢いで謝っている。

「まさかこのようなことになるとは思わずに、香りづけの薔薇水だとばかり思い、妃殿下のカップに数滴たらしてしまいました」

「済んでしまったことは仕方がない。しばらく様子を見る。おまえはもうさがれ」

 瞳に涙を浮かべた侍女を下がらせ、オルティウスは息を吐き出した。

「エデル」

「みゃーん」

 呼びかけても彼女は人の言葉を発しない。

 きょとんとした顔でオルティウスを眺め、首を傾げる。そうすると、頭の上にぴょこりと生えた猫の耳がぴくぴくと動く。

 エデルの髪の毛と同じ白銀の猫耳である。

「う……」

 オルティウスは非常事態にもかかわらず、彼女の猫耳に触れたい衝動と戦っていた。

 エデルは人の言葉を理解しているのかどうか。オルティウスの膝の上にちょこんと座った。いつもの仕草ではあるのだが……。

 猫耳がオルティウスの顔に当たっている。ふわふわしていて、触れた箇所が心地いい。

「いや。これは非常事態だぞ!」

 オルティウスは雑念を頭から追い払う。

 だが、頭の中に浮かぶ言葉はただ一つ。妻が可愛い。

「にゃーん」

 エデルは甘えるようにオルティウスに顔を擦りつける。普段滅多にしない、その仕草にオルティウスの胸に矢が刺さったかのような衝撃が生まれた。

 控えめに言っても愛らしい。

 その後もエデルはぞんぶんにオルティウスにまとわりついた。

 ひとしきり甘えて満足したのか、今度は絨毯の上にぺたりと座り手で顔を擦り始める。どうやら毛づくろいのつもりらしい。

 それが終わると今度は丸くなってしまった。

「エデル、そこで眠ってはだめだ」

 オルティウスは慌ててエデルを抱きかかえた。

「みゃー……」

 眠そうな声が一層可愛らしく聞こえるのはなぜなのか。

 オルティウスはエデルを寝台の上にそっと乗せた。

 彼女が眠たいのであれば、今日はさっさと眠ってしまおう。

 オルティウスも横になると、彼女はその胸元に丸くなり、きゅっと体を寄せてすうすうと寝息を立て始めた。


 翌日、すっかり元に戻ったエデルは昨晩のことを何一つ覚えていなかった。

 執務室ではガリューが「それで。薔薇水の効果のほどは」と尋ねてきたから「知るか」と答えたのだった。


 

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