第87話 レゼクネ宮殿での休暇 後編

 翌日、エデルはリンテやオルティウスと共に離宮近くの牧場を訪れていた。

 計画を聞いたオルティウスが参加を表明し、ルベルムにも声をかけた。


 牧場は離宮の周囲に広がる森を越えた場所にあり、馬車で数十分ほどの距離だ。エデルとフォルティスが馬車に乗り、リンテとルベルムはオルティウスと一緒に騎乗し、馬車と並走している。


 窓の外ではリンテが一つに束ねた栗色の髪をたなびかせながら楽しそうに馬を走らせている。馬と一体になり風を切る姿は、彼女の喜びが体から滲み出ているようだ。

 開けた窓から爽やかな風が入る。そうするとエデルも彼らと一緒に野を駆けているようにも思えて、そっと目をつむった。


 牧場に到着すると、牧場主の一家が緊張した面持ちで国王一家を出迎えた。身分差から、間に随行する侍従や近衛騎士が入ろうとするが、オルティウスは休暇中なのだから堅苦しいことは抜きだと、牧場の主人に直接声をかけた。


 森を開墾し柔らかな緑の絨毯が敷き詰められた草原には白い点がいくつも散らばっている。羊たちが放牧されているのだ。今年生まれた子羊もそろそろ乳離れをし、元気に野原を駆けまわっているのだと、教えてくれた。


 牧場を訪れたのはエデルにとっても初めてのことだ。このように外に出る機会が設けられるようになったのは、国を出てオストロムで生活を始めたからこそ。


 ティースは動物たちに興味を持ち、地面へ降りたがった。あと十日ほどで一歳になる息子は最近一人で立つことが多くなった。けれどもまだ難しいのかすぐにぽてんと座り込んでしまう。彼の側にやってきた羊が、策の向こうから顔を出した。目を丸くして羊を凝視し、きゃっきゃと楽しそうに笑うフォルティスに、エデルやリンテたちが微笑ましげに肩を揺らす。


 のんびりと周囲を歩き、大きな木の根元に大きな布を敷き、昼食をとることにした。


「リンテの発案なのだったな」

「は、はい。お義姉様とお外で食事をすれば楽しいに違いないと思ったのです」


 兄と妹は随分と気安い会話をするようになった。もう彼女は兄を怖がり、エデルの後ろに隠れることもない。家族の時間を持つようになり、オルティウスの人となりを彼女なりに理解していったからだ。


 リンテがフォルティスを膝の上に乗せ、エデルは彼の口元に匙を運ぶ。潰した芋と温めた山羊の乳を混ぜたものだ。ぱくぱくと大きな口を開いて食べ進めるフォルティスに「いい食べっぷりだな」とオルティウスが感心するように呟く。


 国王として忙しくしている彼は普段フォルティスと食事をとる機会がない。身分のある家ともなると、赤ん坊は専任の世話係の元で育てられるため、生活空間が別なのが一般的だからだ。


「いっぱい食べて大きくなるのよ」


 リンテの言葉に返事をするようにフォルティスが大きな口を開けた。それからあっという間に昼食を平らげたフォルティスに続いてエデルたちも用意された昼食に舌鼓を打った。


 開放感があるせいか、普段とは気持ちが違うせいか、食が良く進む。きっとフォルティスも同じように感じたのかもしれない。


 和気あいあいとした空気の中、オルティウスとルベルムは兄弟で話をしている。

 風に乗り話がちらりと聞こえてくる。どうやら、二日後の狩りが話題に上っているようだ。


「――あまり気負うな。狩りは初めてなのだから、まずは普段と同じ心を保つことを優先にするんだ。結果はおのずとついてくる」

「はい。分かってはいるのですが――」


 ルベルムの表情は硬いままだ。笑顔を浮かべていてもふとした瞬間に嘆息したり、頬を強張らせていたことは、エデルも印象に残っていた。

 初めての狩りということで、普段よりも気が立っているのだろう。


「それとも、レゼクネ宮殿を訪れる者の中で、いいところを見せたい誰かがいるのか?」

「え……ええっ⁉ ま、まさか!」


 兄の言わんとしていることを理解したルベルムの声が裏返った。

 まさかその方向に話を持っていかれるとは思っていなかったようで、目を白黒させている。


「今、イプスニカ城ではルベルムの人気がすごいのだと聞いたぞ」

「そもそも僕は寄宿生活をしている身です。いいところを見せたいお人など、兄上、ただ一人です」


 少し拗ねたような声色でルベルムが主張した。

 それを聞いたオルティウスが、虚をつかれたような顔になり「それは光栄だな」と口元を緩めた。


「俺からの助言はただ一つだ。気合が入るのは分かるが、無茶はするな。おまえが努力を重ねているのは分かっている。自分の身の安全を守ることも、重要なことだ」

「はい。兄上」


 素直に頷くルベルムの頭の上にオルティウスがぽんと手のひらを乗せた。その温かさに心が解されたのだろう。ルベルムの顔が先ほどよりも柔らかくなった。

 オルティウスの大きな手の優しさを知るエデルは、ルベルムの緊張が解けていく様子が手に取るようにわかった。



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余裕があれば3巻に登場したフォーナとエルヴェンのお話も書きたいですが、商業の方がいろいろ……なので、あまり期待はせずにお待ちいただければと。

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