第12話 いびつな関係

 侍従はヤニシーク夫人が持ってきたいくつかの言葉を率直に伝えた。

 オルティウスはそれを二人の側近と共に聞いた。


「どうにもいびつな関係ですね。バーネット夫人を恐れるウィーディア様と、彼女を我が物顔で支配をするバーネット夫人」


 ガリューの感想にオルティウスは頷いた。

 オルティウスからみても、あの二人の関係はどこか異常だった。


 結婚式を挙げて数日が経過をしていた。夫婦として生活を始めてはいるが、日中のオルティウスは王としての執務で忙しい。視察で城を空けることもある。いくらウィーディアの様子に違和感を感じるからといっても四六時中彼女を直接見張ることなど出来るはずもない。


「ゼルスへ調査の人間を放ったのだろう?」

「ええ。ご命令の通りに」


 ガリューは頷いた。


「ウィーディアはバーネット夫人を恐れている。母親の筆頭女官とはいえ、臣下だろう。どうしてあそこまであの女に遠慮をする必要がある?」


 それは違和感としか言いようのないものだった。

 わずかな交流しか持っていないが、ウィーディアは明らかにバーネット夫人に遠慮をし、夫人の機嫌を損なうことを恐れている。


「そのあたりも含めて結果が分かり次第ご報告に上がります」


 ガリューには外交方面で力を発揮してもらっている。オルティウスよりも断然に愛想がよく人当たりも良い彼は昔から他人の緊張をほどくのが得意だ。それでいて剣の腕も経つというのだからたまにオルティウスは羨ましくなる。ちなみに、現在そんなことを思うのはウィーディアがオルティウスに対して緊張をしているのか、いつもおどおどしているからだ。別に怖がらせているつもりはないのに、彼女は勝手にオルティウスに線を引いている。なにか面白くないと感じてしまう。


「さきほど陛下が、妃殿下とバーネット夫人を二人きりにさせないように命を下しましたから、調査結果があがってくるまで我々としても様子見をするしかないでしょう」


 ヴィオスが口をはさんだ。


「しかし、バーネット夫人はあのような調子のご婦人ですからねえ。素直に命令を聞くかどうか」


 ガリューは嘆息した。

 ゼルスから嫁いできたウィーディアと、彼女に付き従ってきたバーネット夫人は当然のことならが監視の対象だ。元敵国からやってきたのだ。自由に城内を闊歩されても困るというものだ。


 昔から政略結婚と間諜はセットと決まっている。嫁いでくる王女の侍女がこちらを嗅ぎまわり故国へ有利となる情報を渡すという懸念は最初から持っていた。連れてきたのがゼルスの王妃の息のかかった女官だったわけだ。


 ガリューもヴィオスもバーネット夫人と言葉を交わしていた。

 彼女は当初からオストロムを軽視していた。一応オストロムへの配慮を見せているがそれは形ばかりなのはすぐにわかった。


「ゼルスも厄介な人間を送り出したものだ」

「陛下がゼルス王太子を蹴散らしましたからね。オストロムに対するせめてもの嫌がらせでしょう」


 ガリューは戦勝国の余裕としてなのか笑い飛ばした。

 しかし現在、バーネット夫人の悪意はゼルスの人間であるはずのウィーディアに向けられている。


 ヤニシーク夫人の報告によると、オストロム側の女官も侍女も日中はウィーディアに近づくことが出来ない。バーネット夫人がウィーディアに第三者が話しかけることを極端に嫌がるからだ。


 バーネット夫人は自らウィーディアの湯あみに付き従い、長い時間をかけてウィーディアを磨き上げる。ヤニシーク夫人は用意した湯が冷めてしまうと、扉の向こうから声を掛けようとした。そして、ある種異様な光景を目撃した。


 それが侍従経由でオルティウスの耳にもたらされた。


(冷めきった湯に長時間ウィーディアを浸け、罵詈雑言を浴びせるなど……それが本当に主に対する行いか?)


 オルティウスは心の中で自問した。

 薄く扉を開けて聞こえてきた言葉はヤニシーク夫人を驚かせる内容だった。バーネット夫人はウィーディアに「淫売婦」という言葉を繰り返していた。


 それから何かの棒でウィーディアの腹や背中をぐりぐりと押していた。

 ヤニシーク夫人が慌てて止めに入るとバーネット夫人は一瞬目を見開き、それからすぐに哄笑し、「さすがはオストロムは礼儀がなっていませんわねぇ」と言ったそうだ。


 報告を受けたオルティウスはバーネット夫人とウィーディアを二人きりにさせないよう侍従とヤニシーク夫人に命令した。


 バーネット夫人に関する不穏な動きは他にもあった。


 彼女はウィーディアの持参した花嫁道具の保管場所を聞き出そうとしていた。今回ゼルスからの輿入れに際して、彼女は豪華な装身具やドレスを持参してきた。大粒の宝石で作られた装身具に、繊細なレース製品などだ。それらはオストロムの女官たちがそれぞれしかるべき場所へ仕舞ったのだが、バーネット夫人は執拗にありかを探り出そうとしている。


 何にしろ頭の痛いことだった。


「けれどずいぶんとウィーディア様を気に掛けていらっしゃいますね」


 ガリューの言葉に何かしらの含みを感じたオルティウスはうっすらと眉を寄せた。いや、オルティウスが単に過剰反応をしているだけか。


「毎日寝所に呼んでいらっしゃるとか」

「……べつにいいだろう。妻なのだから」

「まあ、妻ですしね」


 オルティウスは横目でガリューを睨みつける。

 別に毎日ウィーディアを抱いているわけではない。さすがにそこまでガツガツしているつもりではない、はずだ。


 政略で嫁いできた妻に過剰に肩入れなどするつもりもないのに、どうしてだか彼女のことを目で追ってしまう己がいる。水晶のような透明感のある瞳に吸い込まれそうになる。


 今朝だってそうだった。起き抜けの無防備なウィーディアが己を認識して息を呑む瞬間。どう場を持たせるかあくせくする彼女を眺めていると、もっと困らせてやりたくなって、つい脳内で突っ込みをしてしまった。己はいたずら盛りの子供か、と。いや、違う。ただ、彼女の視線をこちらに向けたかっただけだ。己の中の存外に幼稚な思いを振り払うかのように、オルティウスは話を戻すことにする。


「とにかく、いまはバーネット夫人の話をしていたのだろう」


 するとぼそりとヴィオスが呟く。

「ゼルスとの交渉以外にもこの国には色々と問題が山積みなんですけどね」


「わかっている」


 二つの戦争が同時に起こったオストロムの内政は滞っている。それでなくても前王の急逝によってバタバタとしているのだ、この国は。年若い王は父の代からの重臣たちには物足りないらしく、様子見を称して彼らの一部はオルティウスから距離を置いている。


 また、王の指示を仰がずに己の領地に有利な施策をしようとする人物まで現れる始末。オルティウスはそういう小さなことから順番に片づけていかなければならない。

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